望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

集団免疫

 伝染性のウイルスに対する免疫を獲得した人が増えて、そのウイルスに感染しにくい人が増えると感染の広がりが穏やかになり、免疫を獲得した人が十分な数に増えると社会での感染の広がりが抑制されるというのが集団免疫。これは①ウイルスに感染した人は免疫を獲得する、②獲得した免疫は保有され続ける、③獲得した免疫が更なる感染を阻止するなどが前提だ。

 新型コロナウイルスに対しても集団免疫が有効だとして、厳しい対策を取らなかったとされるのがスウェーデン。人々の外出を制限せず、飲食店や小売店の営業を認めるなど経済活動を続けさせた。強制的に人々の外出を制限して経済活動を停止させた欧州各国の厳しいロックダウンとは対照的な対策だった。

 スウェーデンの感染者数は7万8997人、死者数5697人(7月25日現在。以下同)。隣国のノルウェー9085人、255人、フィンランド7380人、329人で感染者、死者ともにスウェーデンより少ないので、スウェーデンの対策は失敗だったとも見える。ノルウェーフィンランドも4月から人々の移動を制限し、学校を閉鎖、商店の営業を停止させるなど厳格な対策をとった。ちなみに人口はスウェーデン1003万人でノルウェー(537万人)、フィンランド(553万人)のほぼ2倍。

 英国(感染者32万8529人、死者4万677人)、スペイン(29万275人、2万8432人)、イタリア(24万5590人、3万5097人)、フランス(21万5376人、3万192人)、ドイツ(20万4193人、9083人)などと比べると、感染者数も死者数も少ないスウェーデンの対策が失敗だったとは言い切れない。だが人口は英国6753万人、フランス6512万人、イタリア6055万人、スペイン4673万人、ドイツ8351万人なので、10万人あたりで見るとスウェーデンの感染状況は各国より悪いといえる。

 スウェーデンでは感染者が増え、高齢者の死者が多く、人々の抗体保有率はあまり上昇していないため、集団免疫を目指した対策は失敗だったとの批判が出た。抗体保有率は首都ストックホルムで7.3%と人口の6割以上とする集団免疫の目標には遠く及ばない。集団免疫を獲得するには更に感染を拡大させておかなければならず、死者は5万人に達するとの見方も出ている。

 感染者や死者が増えたからといってスウェーデン政府は戦略を変えることはできまい。これから厳しい対策に転換しても感染者、死者が減る保証はなく、政府の対策がぶれると批判が余計に高まるだけだ。厳しい対策を取らなかったことでスウェーデンの経済的な落ち込み幅は欧州各国より少ないと予想されており、集団免疫が経済面を重視した戦略だとすれば変更する必要はないだろう。

 感染者や死者を1人でも少なくすることを重視するなら、集団免疫を目指す戦略は無慈悲とも解釈できる。一方でスウェーデンの対策は興味深い社会実験である。感染の拡大状況や人々の抗体獲得・保有状況などのデータは世界にとっても貴重であり、今後の感染症対策で集団免疫という対策の有効性を判断する材料になろう(ただし、致死率が高い感染症に対して集団免疫の獲得を目指すのは社会的な自殺になる)。