望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ジェンダー・ドーピング

 近年、性別は先天的に決まっているとの概念が揺さぶられ、個人が決める(=性別を変更する)ことを社会的に許容する動きが欧米から世界に広がりつつある。「男らしく」「女らしく」など性別による価値観や宗教的制約が根強い社会はなお多いが、欧米主導の価値観の影響力も強力だ。

 精神疾患の一つとして扱われる性同一性障害など性別と自己意識の不一致に苦しむ人がいるのだから、個人が自分の性別の決定権を持つのは、個人の尊厳と自由を重視する社会では当然かもしれない。とはいえ、誰かの性別の変更は周囲に困惑や混乱をもたらすだろうし、性別による様々な区別は社会に存在するのだから混乱や対立を招く。

 初めてトランスジェンダーの選手が五輪に参加し、各国メディアの注目を集めた。東京五輪の重量挙げ女子87kg超クラスにトランスジェンダーのNZ選手(43歳)が出場した(敗退)。同選手は10代から20代前半はNZで男子種目に出場し、35歳の時にトランスジェンダーを公表、2013年に性別適合手術を受けた後は女子種目に出場していたという。

 男性の選手として競技大会に出場していた人が、女性になって女子種目に参加することには公平性が損なわれるとの批判がある。第一に、性別は変えても筋肉や運動能力は男性のままだから他の女子選手より有利、第二に、一般に男性のほうが体格が良いので他の女子選手が不利、第3に、一般に男性のほうが持久力があるので他の女子選手は不利ーなどだ。

 IOC国際オリンピック委員会)は2015年、トランスジェンダー選手が女子の競技に参加することについてガイドラインを策定し、男性ホルモンのテストステロンの値が12か月間にわたって一定以下であれば認めるとし、トランスジェンダー選手の参加を容認した。男性ホルモン値が基準以下であれば「女性選手」になることができると認めたわけだが、不公平感を一蹴できる説得力がどれほどあるのか不明だ。

 今回はトランスジェンダー選手が早々に敗退したため、トランスジェンダー選手の参加は大会のトピックの一つとして終わったが、参加が今後は徐々に増えることが予想される。競技者の中にも性同一性障害に苦しむ人がいるだろうから、そうした人の競技参加は容認されるべきかもしれないが、男性として鍛えてきた人が女性として女子種目に参加することが増えれば、五輪でメダルを取る人も増えよう。

 そうした状況を積極的に利用する国がやがて現れそうだ。選手の健康に害があるドーピングを選手に強制して五輪でメダル獲得を増やそうとする国は現在も存在する疑いがあるのだから、メダルに届きそうにない男性選手を女性選手に変えてメダル獲得数を増やす国はきっと現れる。国内ではトランスジェンダーを排除する強権支配の国のトランスジェンダー選手が、国際大会で活躍するという奇妙な光景がいつか見られるかもしれない。