望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





身軽になる

 東京近郊の自宅の一部屋にびっしり、本を積み重ねていた友人がいる。本が積み上がっている様子は、JR中央線沿線の駅から離れた路地にある整理の悪い古本屋の趣で、一画にはCDやDVDも積み上げられていた。2011年に東日本大震災を職場で体験した友人は、4時間以上歩いてやっと帰宅し、どうなっているのかと部屋のドアを開けると、本などが見事に崩れていたという。



 翌日、朝からTVの報道特番を見続け、午後から半日かけて本やCD等を積み直した友人は、本やCD等への愛着が薄れていることを発見したという。熱心に読んだ本や資料として活用できそうな本などを残していたそうだが、がれきとなった被災地の光景が蘇り、いつか来る首都直下地震で自宅が崩れてしまえば、それらの本やCD等もがれきの一部でしかなくなると友人は感じた。



 そこで友人は本やCD、DVDを処分すると決めた。といっても全てを手放すのではなく、生涯を共にするものだけしか残さないと決め、整理に取りかかったものの、本を1冊1冊見ていくと、つい読んでしまい、整理が進まない。で、方向転換。CD等の整理を先に行うことにした。



 音楽に対する熱意が若い時分に比べて薄れたという友人は、過去1年に聞くことがなかったCD、見なかったDVDは処分することを原則とし、いちいち聞き直したりはしなかった。音楽はパソコンで流し聞きするようになっていたという友人は、過去1年に買ったCDはないそうで、CD等の整理は順調に進んだ。音楽や映像が頭に浮かび、整理すべきか迷ったものも結構あったというが、被災地のがれきを思い出し、いつか、がれきになるかもしれないと思うと、決断がついたとか。



 友人が処分することに決めたCD等は300枚以上になった。数回に分けて紙袋に入る分だけを友人は仕事の合間に専門店に持ち込み、買い取ってもらった。換金が目的ではなかったので買取金額にこだわりはなかったというが、明細を見て複雑な気持ちになったという。帯の有無が評価されたり、内容に関係なく査定額が安いCD、DVDがあり、激安のものも珍しくなかったとか。



 例えば大量に出回っているだろうローリング・ストーンズの作品やミック・ジャガー、キース・リチャードらメンバーのソロ作は1枚50円。ライ・クーダードクター・ジョン等も50円だったり、ソウルやブルーズの輸入盤オムニバスも50円。代表曲揃いなのにね。ジャズでは二ケタ金額で査定されたものはなく、「妥当」に評価されたという。DVDでは、買った時に小売値1500円の洋画などは全て20円だったとか。



 こうしてCD等の整理を終えた友人は、妙に身軽になった感覚だという。聞きたくなれば、また買えばいいさと思うようになり、所有欲が薄れたそうだ。多くの人は被災地の光景を忘れることはできないだろうから、身の回りの価値あるものとは何かを考えるきっかけに東日本大震災がなったのかもしれない。友人は次に本の整理に取りかかったが、身軽な感覚になったせいか、スピーディーに整理が進んだという。