望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

蓄積される交換価値

 例えば、リンゴは毎年、収穫され、そのまま果実として、また各種の加工品になって市場に出荷され、消費される。小売店で売れ残ったリンゴや加工品は自家消費されるか、廃棄される。毎年、新たなリンゴが収穫されるが、消費される(食べられる)こと等によって、リンゴの食品としての「価値」は消えていく。



 ところが貨幣は、印刷されたり鋳造されて、市中に出回り、残る(傷んだ紙幣や硬貨は廃棄される)。紙幣や硬貨が持っている貨幣としての交換価値自体は、商品を買って支払に貨幣を使用して手放さない限り、消えない。手元に残った交換価値は、銀行口座の数字として維持されたり、株式や各種債券等として保有されたりする。



 モノやサービスの売買が主の実物経済では、生産されたものは商品として消費され、使用されて、やがて廃棄される。モノやサービスと同様に毎年生み出される貨幣は実物経済を支えるが、商品と交換されなかった貨幣=交換価値は消えずに積み上がる。日本は戦後60年間で1500兆円の金融資産を形成した。



 日本のGDPは500兆円台(単年)だが、積み上がった金融資産は3倍超。これは世界経済でも同様で、「超マクロ展望 世界経済の真実」(水野和夫・萱野稔人集英社新書。2011年)によると、世界の実物経済の規模は名目GDPで60兆ドル、金融経済の規模は余剰マネーだけで100兆ドルだという。



 世界では、モノやサービスを生み出し、それを売買するという実物経済を遥かに上回る貨幣(交換価値)が、利を求めて彷徨っている。実物経済に釣り合うだけの貨幣しかないとすれば、経済のコントロールはもっと簡単かもしれないが、実際には、実物経済の何倍もの貨幣が世界に積み上がっている。



 実物経済には貨幣は欠かせないが、実物経済が稼ぎ出す利潤には限りがあり、また、金融経済よりも規模が小さい。積み上がった貨幣を持つ人達は、もっと利潤を得ようとして、信用取引を拡大するなど様々な手法を編み出し、投機も辞さず、各国でバブルを発生させた。大損を被った人々も多いが、貨幣は毎年生み出され、商品と交換されずに更に積み上がった貨幣は、利を求めて世界を彷徨っている。