望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





「敵」を知る

 「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」とは「孫子」の言葉。戦争をする時に、自軍の戦力、作戦、人員などを過大評価し、相手の能力に関する情報収集をおろそかにしていると、いざ戦っても勝つことは難しいということ。現実的な彼我の力を知らなければ、戦に勝てなくなると「勝てないのは、気持ちがたるんでいるからだ」などと精神論に陥ったり、最後には「いつか神風が吹く」などと神頼みになったりする。



 この言葉は戦争だけではなく、ビジネスや投資などでも広く用いられ、自己過信を戒めつつも、情報収集の大切さを強調することを狙いに使われていたりする。例えば商談に臨む時に、自分らが提示する条件の詳細や交渉余地を知らず、相手の腹の内、出方の情報がないままでは、出たとこ勝負になってしまう。



 これは外交でも同じで、自国の情報が相手に筒抜けなのに、相手側の情報が限られているなら交渉余地は限られ、有利に外交交渉をすることはできまい。だから各国は平時においても、たとえ友好国どうしであっても、自国の機密を細大漏らさぬようにしながら、情報の収集合戦を常に秘かに繰り広げている。



 そんな中で2013年、米国家安全保障局(NSA)が日本やフランスなど同盟国を含む在米大使館やEU代表部などを盗聴の対象にしていたと暴露され、ケシカランと各国などは抗議の姿勢だ。でも、同じ暴露でも、ウイキリークスに対する強硬姿勢に比べると、各国の“怒り”の度合いがグッと低く、型通りの対応と見えなくもない。



 そりゃ、そうだ。友好国であっても同盟国であっても、互いに電話を盗聴し合い、ネットも監視し合い、外交官の行動を監視し合い、スキがあれば大使館内などに盗聴器を仕掛けて探り合うというのが外交の裏常識だろうから、“違法な情報収集”が暴かれたとしても、大げさに騒ぎ立てることはせず、外交的に正しく抗議する程度に止めておくしかなかろう。「ヘマをしやがって」と米を内心あざけりながら。