望潮亭通信

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現状追認と大義

 バーレーンUAEに続いてイスラエルと国交樹立に動いた。アラブ圏でイスラエルと国交を樹立する国はエジプト、ヨルダンに続く4カ国目。イスラエルとの仲を取り持ったのは米トランプ大統領で、大統領再選に向け、イスラエル寄りの中東和平への環境づくりを進めていることを米国内のキリスト教福音派にアピールする狙いだと報じられた。

 追随してオマーンなどもイスラエルとの国交樹立に動く可能性も指摘され、イスラエルによるガザ地区や西岸の併合、パレスチナ国家樹立などが棚上げにされたまま現状追認の動きが顕在化するかもしれない。パレスチナ暫定自治政府は「極めて危険な動きだ」、イランは「恥ずべき行為」、トルコは「パレスチナ大義を支える運動への新たな打撃」と強く非難した。

 現状追認に動くのは、第一にアラブ諸国にはイスラエルを武力で圧倒する力はなく、その意志もない、第二にアラブ諸国にとって「パレスチナ大義」を捨てても政治的な打撃はなくなった、第三に原油価格の下落で産業構造を変えなければならないアラブ諸国にとってイスラエルの技術力が魅力、第四に米国の圧力ーなどが絡み合っているのだろう。

 中東における現状追認とはイスラエルの存在と領土を認めることであり、占領地や入植地からの撤退を要求する国連安保理決議の無力さを再確認することである。そこにイスラム革命後のイランに対する警戒感の高まりもあって、イスラエルの位置付けがサウジアラビナなどアラブ諸国側で変化した。乱暴にいうと、大義なんてものに縛られるより個別国家の利益を優先するという珍しくもない外交だ。

 サウジアラビアが続いてイスラエルと国交樹立に動くかが注目されている。イスラエルよりもイランを敵視し、米国と親密なサウジアラビアは既にイスラエルと敵対せず、通じているとも疑われるが、国王はパレスチナ問題解決がイスラエルとの国交正常化の前提だとの姿勢を崩していない。UAEバーレーンなどにイスラエルとの国交を樹立させてアラブ圏の反応を見ているともされるが、サウジアラビアイスラエルと国交樹立に動けば中東の勢力図は激変しよう。

 アラブ圏にはイスラム教に基づく一体感があり、それは歴史的にいくつものイスラム帝国支配下にあったことで形成されたという(ウンマ=アラブ・イスラム共同体)。パレスチナ大義はそれに基づくものだが、シオニズムを許容することで変質せざるを得まい。イスラエルの代わりにイランを敵視することはイスラム教内での分裂を促進するだろうが、国家は仮想敵を必要とするものだ。

 西欧による植民地支配の境界線を国境としたまま独立した現在のアラブ諸国だが、独立して数十年も経れば世代は入れ替わり、人々の国家への帰属意識は醸成されようし、民主主義が根付いたとは見えないアラブ諸国で人々はしばしば強権的に抑圧される。そうした国家で、現状追認とは人々にとって生き延びるため必要な方策だとするなら、イスラエルと国交樹立した個別国家に向かう人々の怒りは限定的かもしれない。