望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

観ることができない李香蘭の映画

 「カサブランカ」とか「望郷」「自転車泥棒」「市民ケーン」「天井桟敷の人々」「風とともに去りぬ」「第三の男」などの名作洋画DVDが10作品入って約二千円前というボックスセットが書店などで売られている。ほかにも西部劇、ミュージカル映画、ジョン・ウエインやフレッド・アステアら人気俳優の主演作を集めたセットなど種類は多彩だ。



 安価だからと購入して観てみると、画質もまあまあで、十分に楽しむことができる。誰かの名言に「音楽好きは音質にこだわらず、映画好きは画質にこだわらない」とあったが、内容に引き込まれて、画質はさほど気にならないのが映画好き。そうして購入した名作洋画を、繰り返して観るかといえば、そうでもない。いい映画であっても、一度観ただけで終わり……ということも珍しくない。



 購入した映画DVDを繰り返して観ることが少ないのは、いつでも観ることができるからと安心して、そのままになるからか。よほどの思い入れがある作品なら、折に触れて繰り返し観ることもあるだろうから、購入して手元に置いておく意味もあろうが、名作ではあっても一度観ればいいという作品なら、わざわざ購入することはない?



 映画ファンなら、未見の作品は、とにかく一度観ておきたいと思うだろう。自宅の近くにレンタル店があって、古今東西の映画が、古典的名画から新作まで豊富に揃っていれば理想的だが、映画ファンが皆、そんな場所に住んでいるわけではない。でも、動画配信サービスが充実してきたので、一度だけ観たいという映画を観ることは簡単になった。



 ただし、過去の作品を含めて全ての映画が動画配信サービスで提供されているわけではない。例えば、李香蘭が、映画スターとして輝いていた満州時代の作品を見たいと思っても、DVD化されていない。「白蘭の歌」「支那の夜」「熱砂の誓ひ」「萬世流芳」などの李香蘭の出演作品は見ることは困難だ。軍国主義プロパガンダ映画であることや著作権の問題など複雑そうだ。



 李香蘭の名は知られていても、その代表作を観ることができないのは映画ファンにとっては残念な状況だ。李香蘭の映画を観るには、京橋のフィルムセンターで上映される機会を待つしかない。まあ、李香蘭の映画を観たいと思う人は、よほどの映画ファンか、映画や歴史の研究者だけかもしれず、ごく少ないかもしれないが、確実に存在するだろう。



 ネット販売の利点の一つにロングテール効果がある。年に1個しか売れないものでもネット販売なら品揃えでき、顧客に提供することができる。DVD化するのは採算面で無理な映画でも、ネット配信ならラインアップに加えることができ、熱心なファンや研究者の要望に応えることができよう。



 古典的な名作映画や埋もれた映画を見る機会を与えてくれる場所としてネットでの配信サービスは、以前に多かった名画座の役割を果すことができる。とはいえ軍国主義プロパガンダ映画の配信には政治的な支障もありそうで、簡単には李香蘭の映画は観ることはできないかも。フィルムセンターがアーカイブのネット配信を行ってくれれば理想的なのだが。