望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

善が勝つとは限らない

 「スターウォーズ(SW)」の世界では、銀河帝国に対して、共和国再建を目指す反乱同盟軍が形成されて戦い、帝国を打倒したが、次には銀河帝国の再興を目指すファースト・オーダーが強大な勢力となって現れ、レジスタンスとの戦いが繰り広げられる。宇宙を舞台に展開する壮大なストーリーの様相だが、実は登場人物(生物?)の感情のもつれや絡みも重視されて描かれる。

 映画では帝国やファースト・オーダー側が悪で、反乱同盟軍やレジスタンスが善だと明確に設定され、それぞれの側に属する登場人物(生物?)の善悪も自明のものとされる。現実世界では、善悪の判断には主観が混じったり、相対的になったりするが、映画は宇宙版の勧善懲悪物語だと楽しんで見ていればいい。

 ところで、銀河帝国ソ連、ファースト・オーダーを中国と見なし、反乱同盟軍やレジスタンスを米国(と同盟国)と見るならSWは、米国とソ連、中国との世界覇権争いの構図と何やら似ている。ソ連が崩壊した後に中国が台頭し、米国(と同盟国)が劣勢に見えるのも現実をなぞっているように見えなくもない。ただ、映画なら最後は善が勝つのだろうが、現実世界では善が勝つとは限らない。

 現実世界で善悪が揺らぐのは、権力の在り方と善悪の判断が関連しているためで、ある社会で悪とされるものが、他の社会で善とされることは珍しくない。例えば、中国などでは、中央権力を批判することは悪とされ、権力に従うことが善とされるが、米国などでは政権批判は悪とはみなされない。

 人権や民主主義を尊重し、中央権力より上位に位置する価値観とすることは中国などでは悪とされるが、米国などでは善とみなされる。善悪の判断が食い違うのは、中央権力が人々を監視することと、人々が中央権力を監視することのどちらを善とするかが異なるためだ。中央権力が個人を支配する社会において、善の解釈も中央権力が独占する。

 ただ、中央権力と個人の関係における善悪の違いは中国などと米国などとの比較では明確だが、個人が考える善悪については米国などでも揺らいでいる。一神教による社会の「縛り」が緩くなり、また、個人の権利意識が強くなったことと関係しているのだろうが、個人の利害に添って善悪の主張がなされることは珍しくない。

 SWの世界では、善の側の人物が強い情緒的な葛藤に負けて悪(闇)に引き込まれ、悪の側の有力者になる。悪(闇)に引き込まれない強い精神力を有する者だけが善の側の勇者になることができる仕組みだが、その勇者が無敵のヒーローになるわけでもない。善だからといって必ず勝つとは限らないのは、現実世界と同じか。