望潮亭通信

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食べ残しは禁止

 中国の湖北省武漢市の飲食業協会は、客が注文する料理数の限度を人数より1品少ない数字に設定した。例えば4人連れなら3品しか注文できない。さらに遼寧省では客が人数より2品少なくしか注文できないという。一皿に盛る量や種類に制限があるのかどうかは不明だ。江蘇省重慶市などの公務員向け食堂では、食べ残しをチェックする監督員を置いたと報じられた。

 湖南省長沙にある人気レストランでは来店客に体重測定や個人情報の提供を求め、注文する料理を各自の体重に応じて決めるよう促していた。小柄な女性には肉料理などを、肥満男性には煮込みなどヘルシーな料理を勧めていたというが、ネット上で批判が広がり、謝罪に追い込まれた。客にそれぞれ適切なカロリー摂取を促しつつ食品ロスを減らすためだったと弁解し、今後は体重測定は客の自主性に任せるそうだ。

 客が多くの品数を注文し、食べきれずに残して廃棄することになったとしても客が料金を支払えばレストランに損害はなく、食べ残したとしても客が多く注文してくれたほうが客単価が上がるので歓迎だろう。なぜ客の多すぎる注文数や食べ残しを問題視し始めたのか。中国の飲食業者が環境意識に目覚め、食べ残しなど廃棄物の削減に真剣に取り組み始めた……わけではない。

 中国では宴席の料理は品数を多くし、食べきれない量を出すので食べ残すのが習慣化し、飲食店でも大量の食べ残しが出ているという。食べきれない品数を注文し、食べ残すのが贅沢の証で、そうした振る舞いをするのが客に対する素晴らしいもてなしだとみなす人々が多いから、そうした習慣が根づいたのだろう。食べ残すほどの食事=豊かさだと中国人の意識にこびりついているのかもしれない。

 中国の飲食業界が食べ残しに過敏になるのは、習近平国家主席が食べ残しは浪費で抑制すべきとする重要指示を行い、全国的な節約キャンペーンが始まったからだ。報道によると習氏は「飲食物の浪費を見ると心が痛む」「わが国は毎年豊作だが、食料の安全保障に危機感を持つことが必要だ。新型コロナウイルスの影響があり、警鐘を鳴らさなければならない」と、浪費を禁止する法律を制定し、飲食店の監督強化を指示し、社会全体で節約を尊ぶムードを作るよう促した。

 現在の中国の「皇帝」の指示とあれば、商売を行う人々は従わざるを得ず、中には進んで迎合する連中が出てくる。そうした連中が品数制限や体重測定などを思いつき、いいアイデアだと政府に誉められると期待して先走ったか。法にも何にも制約されない君臨する独裁権力の下では、経済活動は権力の意向を常に忖度しつつ、抜け駆けして儲けるチャンスを探る。

 政府主導の今回の「食べ残し禁止」キャンペーンは、今後の食糧不足に備えた動きだとの見方がある。新型コロナウイルスの感染拡大が世界の食糧生産や流通に影響を及ぼし、米国との関係悪化で大量の食料輸入に影響が及び、記録的な水害や蝗害により農作物の収穫が減少する懸念など不安要素が積み重なり、食料の安全保障が現実的な課題に浮上したという見立てだ。食料が不足するのを見越して事前に節約を始め、食いつなごうとの狙いかもしれない。

 中国人の食への意識は格別だと見えるので、政府の命令だとしても人々は食の楽しみへの干渉を歓迎しないだろうが、逆らうことはできないだろうから黙るしかない。せいぜいが、客の体重測定をするレストランを批判するぐらいか。独裁国家とは人々の食事の量さえ指示できるのだと示した今回の「食べ残し禁止」キャンペーン。自由がない国で人々は食事の量も監視される。