望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

身体は酸性?

 インターネットがまだ一般化していなかった頃に、中規模の物流倉庫の食堂で昼休みに、アルカリ整水器の実演販売を行っているのを見たことがある。食事を終えた人を集めて業者は、まずリトマス試験紙をなめさせ、「ほら、あなたの体は酸性になってる」と次々に指摘していた。

 そして業者は、酸性に体が傾くとバランスが崩れ、数々の病気につながりかねないと不安を煽り始めた。リトマス試験紙が酸性を示しているのだから、人々は業者の言うことを疑わない。すかさず業者は、整水器でアルカリになった水を飲むことで体が中性に戻ると説明を始め、整水器を売り込んでいた。

 リトマス試験紙を客になめさせるというのは、実演販売ならではの効果的な客の掴み方だ。科学的な装いがあり、業者側はリトマス試験紙の判定に関与しないので、客は信用せざるを得なくなる。客が“食いついた”後は、「体が酸性」の不安を大いに煽り、その解決策(整水器)を手際良く示す。

 業者が使ったトリックは、リトマス試験紙を客になめさせ、「あなたの体は酸性だ」と断定したところにある。リトマス試験紙が示したのは、口中が酸性であるということだ。食事の後に口中は酸性になるから、リトマス試験紙をなめると酸性を示すのは当然。口中が酸性になったから、体が酸性になったとはいえない。

 例えば、「トマトジュースを飲めば体が赤くなる」などと言われても、人々は信用せず、相手がバカなことを言ってると判断するだろう。だが、酸性/アルカリ性など、目に見えないことになると、食べたものにより体が酸性に傾いたり、アルカリ性に傾いたりすると無邪気に同意したりするのは奇妙な光景だ。

 食べたものは胃に入り、強酸の胃液が分泌されて溶かされることを思い出せば、アルカリ性の液体や食物を摂取したところで、胃の中では酸性になることが理解できよう。同様に、様々な健康食品でも口から摂取した成分が胃で消化される時に、どのような変化をし、どのように吸収されるかが解明されなければ、実際の効能なるものは不明だ。

 健康をテーマにした番組がテレビに増えたが、基本的な構成は、①体のちょっとした不調を並べ、重度の病気や不具合が隠れているかもしれないなどと不安を煽る、②医師が出てきて解説し、効果的な運動法や食品を示すなどして手軽な解決策を提示する。

 この②のところで、健康食品や健康器具などを紹介するのが通販番組だ。実演販売ならリトマス試験紙を客になめさせることもできるが、電波では、いかに視聴者の不安を煽るかがポイント。不安にかられた客は、例えば、アルカリ整水器を経た水で体が中性になると信じて安心するなら……信じる者は救われるか。