望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

住む場所を選ぶ

 現在のトルコ共和国に住むトルコ人テュルク系民族とされる。テュルク系民族中央アジア一帯からモンゴル高原、現在の中国北部などにかけてユーラシア大陸の内陸部に広く住み、各地で様々な国をつくったり滅ぼしあったりしてきた。現在のトルコ人の祖先は、中央アジアから西へと混血を重ねながら移動を続けてきた人々だという。

 バルカン半島にかつて存在したユーゴスラビアという国は、セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、モンテネグロ人などから構成されていた。南スラブ人という共有する意識から形成された連合国家だったが、経済成長の地域格差などから分離独立の動きが始まり、解体した。南スラブ人は現在のウクライナ西部から移動を始め、6世紀頃にバルカン半島に住み着いたとされる。

 日本人が大昔、どこかから民族ごと移住してきたという話は伝えられていない。古くから日本列島に住み続けてきた人々だけで日本人が形成されたと考える人もいたが、日本人のミトコンドリアDNAの解析により、アジア各地などからやって来た多様な人々が日本列島に住んでいた人々と混血して、形成されたのが日本人であることが明らかになった。

 現世人類の祖先はアフリカで誕生し、20万年ほど昔に移動を始め、世界に広がったとされている。なぜ移動を始めたのかは分かっていないが、現世人類そのものが現在の概念でいう移民・難民と似たようなものであったのかもしれない。ここ数年、海路や陸路で欧州に渡り、ドイツなどを目指して列をなして移動する移民・難民の写真を見ると、大昔にも同じような光景があった気になる。

 近代国家ができ上がり、国境によって人類が明確に隔てられて生きるようになったのは、人類史的に見ると「つい最近」のことだ。そう考えると、欧州に殺到する移民・難民の姿は、現世人類が地球上で生き延びるための本来の行為の延長にあり、特異な現象ではないようにも思えて来る。

 ただ、近代国家が数十万単位の大規模な移民・難民に直面するのは、大戦時以外では初めてだ。中東やアフリカなどの欧州諸国が植民地にして収奪してきた土地から、人々が「豊かな」欧州に移住し始めた姿は、欧州諸国が植民地支配のツケを払わされているようにも見えるし、破綻国家から「マシ」な国家へ人々が大規模に移動し始めたとも見える。

 国境の内部に国民を「閉じ込めて」管理するという近代国家の存在が、移民・難民の本質を見えなくしているのかもしれない。住む国家を選んで移動することは既に世界の金持ち達には珍しい行為ではなくなっているが、金持ちではない人々も身一つで、住む国家を選んで移動し始めた。欧州に殺到する移民・難民は、近代国家の枠組みを揺さぶるかもしれない。