望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ウイルスとの消耗戦

 毛沢東は1957年、ソ連で開催された社会主義各国の首脳会議で、西側との対話を否定し、「武力をもって打ち破ればよいのだ。核戦争になっても構わない。世界には27億人がいる。その半分が死んで帝国主義が一掃されたとき、社会主義だけが生き残る。中国の人口は6億だが、半分が死んでも3億がいる。何年か後にはまた6億になり、もっと多くなるだろう」と述べたと伝えられる。

 これは、西側との平和的共存論(当時のソ連共産党フルシチョフ第一書記が提唱)に猛烈に反発して述べたものとされる。大躍進や文化大革命などで中国の人民に大量の死をもたらした指導者(独裁者)に似合いの残忍な生命軽視の発言だが、長い内戦(革命戦争)を戦い、多くの戦友の死を見ながら戦うことを続けた革命闘士の言葉でもある。死者が増えることを恐れるなら革命戦争などできまい。

 軍事作戦には兵士の損耗は避けられず、兵士が死傷する割合を想定して戦力を配置し、補充し続けなければ戦闘で劣勢になるだろう。しかし、消耗戦になると死傷する兵士が増え続ける。それでも戦い続けるしか勝利に通じる道はなく、戦友や同志が傷つき、斃れるのを見つつ戦場で兵士は戦い続ける。消耗戦は、双方が決定的に負けないことで続く戦いだ。

 新型コロナウイルスを根絶するのが理想だが、その見通しはつかず、人類はこのウイルスと「共存」していかざるを得ないとの見方が出ている。このパンデミックを戦時に例える各国の指導者は多いが、敵=新型ウイルスを壊滅させて勝利することができないとすれば、この戦いは消耗戦になる。今後も感染者や死者をゼロにすることはできずに、戦いが続く。

 まだ感染者数も死者数も多い欧州各国などが一斉に外出制限や営業活動の制限を緩和し、経済活動の再開に向けて動き始めた。新型ウイルスとの戦いが長期の消耗戦になると判断したから、いち早く経済活動の再開に動いたと見える。感染のピークが過ぎたとの認識を広めて経済活動再開への賛同を得つつ、感染者や死者の増加への注目を低下させることが長期の消耗戦には必要となる。

 感染者数も死者数も世界で最も多い米国で、感染者数130万人は人口(3億2775万人)比で0.004%、死者数約9万人は0.0003%となる(5月10日現在)。残忍な見方だが、この数字なら長期戦を戦い続けることは可能だろう。つまり、今後も感染者と死者を出しながら経済活動を再開し、それが人々と社会、国家が生き延びるために必要だと人々を納得させることが、新型ウイルスに対する長期戦を支える。

 一人ひとりの感染や死は、その個人を知る人にとっては具体的で重たいものだが、数千、数万、数十万人の感染者も死者も政治的には数字として扱われる。世界や中国の人口が半分になっても社会主義が生き残ると毛沢東は勝利を意味づけたが、人口が半減する戦いは許されない。多大な感染者や死者を織り込んで新型コロナウイルスとの長期になるであろう消耗戦は始まった。