望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ブルーズが好き

 ブルーズという音楽はシンプルな構成だ。最も多いのは12小節のもので、最低3つのコードを覚えたなら、演奏することができる(構成がシンプルなので、演奏者の創意工夫次第で複雑化でき、ジャズでは多くのコードを細かく使って表現に変化をつける)。4小節単位でAメロ・A’メロ・Bメロと展開するのでメリハリもつけやすい。

 ミュージシャンなら誰でも演奏することができる(であろう)から、ブルーズはセッションには欠かせない演目だ。シンプルな構成なので、互いのプレーを楽しみつつ、初めて演奏する相手でもその演奏技量やセンス、相性などを推し量ることができる。

 ブルーズはアメリカの黒人が生み出した音楽だが、白人にも広く受け入れられるようになり、さらに国境を越えて世界に広がった。ロックンロールやロックという音楽はブルーズなしには誕生しなかっただろうから、現代ポップ音楽のルーツの一つといえるブルーズだが、ヒット曲が出るわけでもないのでブルーズ自体の人気は限定的だ。

 シンプルな構成に乗せてブルーズでは、日常の様々な喜び、悲しさ、楽しさ、怒りなどが歌われてきた。何をどう歌うかが曲の個性には重要なのだが、歌詞を聞き流してサウンドだけを聴く人ならば、多くの曲が同じように聞こえたりして、単調で変化に乏しいと感じたりするかもしれない。だから、ブルーズに関心を持って聞き始めても、やがて疎遠になるという人は珍しくない。

 だが、ブルーズに関する情報が現在より遥かに乏しかった20世紀半ばの欧米で、ブルーズに惹かれ、ブルーズを演奏し始め、やがてロック音楽をつくり出した人々は、知識としてブルーズを聴いたのではない。新しい音楽表現としてのブルーズを好きになり、ブルーズをコピーし、発展させて自分らの音楽をつくり出した。

 ローリング・ストーンズの「ブルー&ロンサム」は全12曲がリトル・ウォルターやハウリン・ウルフらのカバーだ。新作のレコーディングのためスタジオに入ったが、途中で気分転換のために「ブルーズを演ろうぜ」となり、その出来が良く、皆の気持ちも高揚して3日間でブルーズばかり12曲を録音したという。一気に録音できたのは、長いブルーズとのつき合いがあったからだろう。

 50年以上も前にブルーズを好きになり、ブルーズを演奏し始めたストーンズ。長い活動の末に、エモーショナルで活気溢れるブルーズ・アルバムをつくった。演奏がいいだけではなく、ブルーズが好きで、ブルーズを演るのが楽しいということを伝える新作は、彼らの代表作の一つとなった。ブルーズはシンプルな音楽だから、演奏しているときの精神の高揚が大事だと新作は示している。