最近は日本人歌手が洋楽のヒット曲をカバーすることが少なくなったが、一昔前は珍しくなかった。1960年代には弘田三枝子、伊東ゆかりらが「ウ゛ァケイション」「悲しき片思い」「夢見るシャンソン人形」などをヒットさせ、GSバンドのレパートリーにもカバー曲は多かった。
日本の歌謡曲のうち洋楽の強い影響下にあった部分がJーPOPとして「一人立ち」したが、洋楽のヒット曲をそのまま歌うのではなく、アイデアを拝借してオリジナル曲として売り出すというシステムに移行したと見える。印税を払う必要がなくなり、逆に印税が入ってくるのだからオイシい。外タレの来日公演が珍しくなくなったことも、日本人歌手のカバー曲を減らした要因だ。
アメリカ国内でも一昔前にはカバーがよく行われていた。こちらは、黒人歌手のヒット曲を白人歌手が吹き込んで白人向けに売り出すというもの。マイケル・ジャクソンの死を白人ファンも黒人ファンも悼むという最近の事情からは想像できないが、昔は白人向け、黒人向けとマーケットが二分されていた。問題は、カバーというより盗用が多かったこと。例えばビーチ・ボーイズは「サーフィン・U.S.A.」をヒットさせたが、この曲はチャック・ベリーの「スウィート・リトル・シックスティーン」を盗用したもの。
ブルーズやR&Bなど黒人音楽の強い影響下にロックンロールなどが生まれ、それは世界で巨大なマーケットとなった。アメリカでは二分されていたマーケットが統合、モータウンなどからは白人にも受け入れられる黒人のスターが次々に誕生するようになり、白人歌手のカバー時代は終わった。
そんな事情をチラッと散りばめながらチェスレコードの誕生から隆盛までをドラマ化したのが映画「キャデラック・レコード」。レナード・チェスを垂れ眉毛のエイドリアン・ブロディが演じ、マディやリトル・ウォルター、ウルフ、チャック・ベリーらも出てくる。俳優が演じているので彼らの音楽シーンは短いが、ビヨンセが演じるエタ・ジェイムズの歌うシーンはたっぷりある。
ブルーズファンにとってのチェスレコードは、そこでは間違いなく「本物」に出合うことができる場所だ。ただし、この映画でチェスレコードの音楽を堪能できると期待しないほうがいい。この映画は、チェスを舞台にした人間模様がメイン。だから、ヒット曲を出した歌手らが麻薬、酒、女などに溺れるといった御定まりの展開などと辛口の評も出よう。
ただチェスが残した音楽は「原石」のようなもので、現代のミュージシャン、歌手に受け継がれ、再創造されるべきもの。マディやウルフらを歌い継ぐのはカバーではない。