望潮亭通信

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国境の壁と万里の長城

 人間が作った最大の建造物は、中国の「万里の長城」だとされる。2000年以上前から諸王朝が、北方からの外敵の侵入に備えて各地で構築を続けた壁で、全長は2700キロとか6000キロとか8800キロとか様々な数字が出されていたが、最新の発表では2万1000キロ以上とされる。

 新設されなくなって久しいのに全長が伸びるのは不思議だが、これは万里の長城が、ばらばらに築かれてきたものの寄せ集めだからだ。始まりは、諸国が築いていた国境の城壁を秦の始皇帝が増改築させて繋いで延ばしたもの。時代を経るごとに、各地で新たに作られたり、位置を移して重複して築かれたりと新増設が続いた。

 城壁の遺構や痕跡が広大な中国各地には数多く残っているだろうから、それらを探して見つけ、それが歴代の諸王朝が築いた城壁の一部で、万里の長城の一部であると認定して加算していけば、万里の長城の全長はいくらでも延びるだろう。つまり、探せば全長は伸びる仕組み。

 現存の主要なものは、明代にモンゴルに備えて堅固に整備されたものが多いというが、万里の長城は、陸続きの北方からの侵略に対する警戒感がいかに強かったかを示してもいる。構築するための莫大な手間と経費、時間を想像すると、北方からの侵略圧力に対する人々の歴史的な怯えの大きさが見えてくる。

 現代にも長大な壁の話がある。こちらは軍事的な役割よりも、密入国する移民を防ぐためのもの。米トランプ大統領大統領令でメキシコ国境に壁を建設することを命じた。建設対象区間は約2000キロとされ、壁の高さは約9メートル。材質は鉄筋コンクリートで、ハンマーや電動工具を使っても簡単には穴が開かないような頑丈さと、地下にはトンネルを防ぐ対策が求められるという。

 中国の王朝なら壁の構築のために人々に使役を課すことができただろうが、民主主義のアメリカではそうはいかない。建設費用は150億ドルとも200億ドルを超えるともされ、トランプ大統領は「全額をメキシコに負担させる」と主張したが、メキシコは拒否。

 国境に壁を作るとは明確な遮断の意思の表れであり、壁には、こちら側と、あちら側を明確にする機能がある。あちら側とは政治的に、敵に仕立て上げることができる存在でもある。壁の向こうに敵がいて、常に脅かされているという設定は、権力にとって統治のために有効だろう。壁を可視化することは、権力者にとって好都合な事業だ。