望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

マイナス金利とキャッシュレス

 欧州中央銀行(ECB)が最高額の500ユーロ紙幣の発行を停止する。使用することは無期限で可能だが、徐々に市中から消えていくとみられている。廃止する理由は犯罪防止で、マネーロンダリングや脱税に悪用されることへの対策という。最高額紙幣は日本1万円、米国100ドルなので、EUの500ユーロ(6万円以上)は確かに高い。

 EUの一部には紙幣の全廃を主張する意見もあるが、500ユーロ紙幣の廃止は、あくまで犯罪防止対策のためだとされ、ECB総裁は現金自体を廃止することはないとしている。付加価値税が高率な欧州では高額の現金取引は脱税の温床だとする見方があり、フランスが現金決済の上限を1000ユーロにするなど現金決済の範囲を狭める傾向にある。

 ECBといえば2014年6月にマイナス金利を導入した。その狙いは金融機関に貸出に資金を向けるよう促すためだとされるが、市中銀行は預金が流出することを恐れ、マイナス金利を預金金利に反映させていない。普通預金などがマイナス金利になると、預けているだけで目減りするので預金者にとっては貸金庫を借りて金を入れているのと同じことになる。

 マイナス金利とは「資産課税に等しい」とし、マイナス金利には「理屈の上では下限」がなく、中央銀行は「徴税権を手中にした」と説くのが水野和夫氏(『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』)。マイナス金利の「下限をなくす最も簡単な方法は、現金を廃止して、電子マネーすなわちデジタルマネーに切り替える」ことで「マイナス金利とキャシュレス社会」が到来するとの欧州専門家の発言を紹介し、これは「民主主義の破壊」にほかならないとする。

 欧州での現金決済の範囲を狭める動きは、犯罪防止とともに、マイナス金利拡大に備えて退蔵貨幣(タンス預金)の増加に備えたものではないかと邪推したくなるのは、欧州ではマイナス金利量的緩和策を続けても効果が限られ、マイナス金利の拡大に向けての環境整備の意味も含まれているとの懸念が漂うからだ。

 現金を廃止して電子マネーなどキャッシュレスに移行していけば、すべての取引は記録されるので、脱税もマネーロンダリングなども困難になっていくだろう。それは同時に、政府が個人や家庭の金の流れと保有高をすべて掌握する社会になることを意味する。マイナス金利を組み合わせるなら、政府は個人資産からいつでも資金を調達することが理屈の上では可能だろう。

 キャッシュレス社会は先進的で便利だとする記事はマスコミに珍しくない。最近では、中国が日本より遥かに先を行くキャッシュレス社会になりつつあるとの紹介も増えた。独裁統治の中国ではキャッシュレス社会は政府にとって好都合だ。ただし、表に出せない金をため込んで国外に持ち出す高級官僚や資産家にはまだ、高額紙幣が大量に必要だろう。