望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





底なし沼


 活劇映画などで、主人公が底なし沼に足を捕えられて引きずり込まれそうになる場面がある。観客をハラハラさせて、駆けつけた仲間に助けられたりするのだが、逆に悪漢が底なし沼に捕えられると、ズルズルと引きずり込まれて行ったりする。主人公が殺人を犯さずとも、悪は天の裁きを受けましたという演出だ。



 手をつないで輪になっている二十数人がいると想像してほしい。その中の一人の足下に、小さいけれど深い底なし沼が出現して落ちて首まで埋まり、また、別の一人も同様の底なし沼にすっぽり捕えられて、さらに他の人の足下の地面もぐらぐら揺れ始め、次には誰の足下に底なし沼が出現するか分からないという状況になったならば、どう行動するのが正しいのか?



 この場合、1)手をつないだ仲間だからと、自分の身も危うくなるかもしれないことを構わず、底なし沼に捕えられた仲間の救出に取り組む、2)自分の身の安全を優先して、安全な場所に移動してから、できる範囲で救出を試みる、3)犬猿の仲だった奴をおだてて救助に当たらせ、自分は安全な場所に移動する……などが考えられる。



 最後の3)は冗談だが、1)2)いずれにしても、手をつないでいた人は厳しい選択を迫られる場面だ。底なし沼にどっぷり首まで使った人のほうから手を離して沈んで行ってくれれば、残された人の心理的負担は軽減されるかもしれないが、すがるものは他人の手しかないと逆に強く手を握られたりしたなら、どうしたら、いいのだろうか?



 ユーロという共通通貨を持つ欧州各国は、いわば手をつないだ人々である。2011年に、実質的に破綻したともいわれるギリシャアイルランドは、莫大な援助資金を呑み込む底なし沼に首までどっぷり浸かった人である。ギリシャアイルランドなどの国債を独仏などの銀行が大量に保有し、さらには欧州中央銀行が大量に引き受けていたというが、ジャンクは大量に集まってもジャンクでしかない。各人の足下も揺れ始めていた。



 次はポルトガル、その次はスペイン、イタリア……などと順に底なし沼に沈んで行くと当時は大いに危惧された。ギリシャアイルランドなどがユーロを離脱してくれれば、残った各国は自国の民間銀行への支援等を優先させられるが、ユーロを離脱したギリシャアイルランドには一層惨めな将来が待っているから、ユーロを離脱することはなかった。



 底なし沼に捕えられた人や次に捕えられそうな人以外の人が、どう行動するのか。いつ、どのタイミングで、握っていた手を離して、自分の身の安全を優先させるか。