望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ツルを折ることができますか

 知人の奥さんの知り合いが癌の闘病生活を続けていて、励ますとともに平癒を願うため皆で千羽鶴を折ることになり、知人も手伝いをさせられたという。ツルを折ることは子供の頃に覚えていたので、折ることは簡単だと知人は思っていたそうだが、いざ折り紙を手にとって折り始めようとしたものの、何から始めるか分からなかったという。

 奥さんが折っているのを見て真似ようとしたが、奥さんは手際よく折り進めていくので細かい部分が知人にはよく分からず、見かねた奥さんに手順を教えてもらったという。知人がすっかり忘れていたのは、最初に何本かの折り目をつけることだった。すぐに折り始めると思っていたので、あれこれ折ってみたものの、折り方を思い出すことができなかった。

 子供の頃に折り紙は割と気に入っていて、ツルのほかにも奴さんやカブト、風船、舟などを折って遊んでいたという知人は、ツルの折り方をすっかり忘れていたことがショックだったという。老化現象というわけではないだろうが、子供の頃に身につけたことのどれだけが今でも自分にできるのか懐疑的になったと知人。

 知人はツルを折ることができるようになり、数十羽も折ったという。ツルを何羽も折るうちにコツをつかみ、不恰好なツルは少なくなり、細い折り先が揃って、折り目が美しいツルに仕上げることができるようになり、折り紙の楽しさを知人は感じ始めたという。はっきりとした強めの折り目をつけることが美しく仕上げるコツだとする。皆が協力して完成した千羽鶴は病室に届けられた。

 仕事仲間の男が欧米に赴任している時に、パーティーなどでツルやペンギンなどを折って見せたところ、現地の人が驚き、賛辞を得たとの話を聞かされたことがある知人は、自分も海外赴任する時には折り紙を覚えて行こうと思ったことがある。ツルの折り方を覚えたことを機に、レパートリーを増やそうと知人は折り紙の教則本を買った。

 インコや鳩、キツネやタヌキ、馬やウサギ、ティラノザウルスや首長竜などの恐竜、亀、イルカやオットセイ、セミ、紅葉、内裏雛スペースシャトルなど新しい折り方を覚えた知人は、ツルの首と尾の角度を水平に近づけ、飛んでいるツルに変えたり、下側に足を作って、着地するときのツルに変えたり、自己流のアレンジも楽しみ始めたそうだ。

 ツルを折ることは簡単だと思っていたのに、やってみると、できない……そんな大人は多いかもしれない。知人の話を聞いて当方も試してみたが、見事に折り方を忘れていた。知り合いの何人かに聞いても、「ツルなんて簡単に折れる」と言うものの実際には忘れていた人が多く、覚えていたのは、幼い子供を持つ人だけだった。