望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

中国のルンプロ

 2017年11月に中国・北京郊外の簡易宿泊施設で火災が起き、19人が死亡した。そこは出稼ぎ労働者が多く住む地域で、死傷者の大半が出稼ぎ労働者とその家族だった。低所得者が住む集合住宅の火災は各国で起きているが、北京では火災後に当局が公共の安全確保のためと違法建築の摘発・一掃を始めた。

 問題は、そうした違法建築に住む多くの出稼ぎ労働者らを強制的に追い出したことで、立ち退きに数日の猶予しか与えられず、代わりの宿泊施設の紹介などもなかったという。地域によっては、急な立ち退きを求められた人々が当局と小競り合いになったともいう。

 火災をきっかけにした違法建築撤去という当局の動きは、北京から下流人口を締め出すのが狙いだと疑う声が広がった。例えば、中国の大学教授ら100人余が連名で「転居先の手当てもなく、氷点下の寒空に放り出すのは人権侵害だ」などと批判する文書を発表したと報じられた。

 そうした声に反論したり、批判を封じ込めながら当局は撤去を続け、追い出された出稼ぎ労働者は去ったという。都市戸籍を持たない彼らの多くは、いつでも追い出されうる存在だと承知し、「居住権がない」から抗っても無駄だと諦めていたのかもしれないし、他の土地で新たな職を探すしかないと切り替えたのかもしれない。

 中国の出稼ぎ労働者は、低賃金の労働力として使い捨てられる存在だ。中国では人民は平等ではなく、都市戸籍と農業戸籍で区別(差別)される。都市戸籍を持たない出稼ぎ労働者は、都市での居住を認めろと要求することもなく、平等であるべき人民(人間)としての権利を主張することもないように見える。

 もちろん共産党の強権的な独裁統治が続く中国で、個人の権利要求は制限されるので出稼ぎ労働者が権利主張しても抑圧されるだけだろうから、権力に抗わずに個人的利益を優先して生きるのが出稼ぎ労働者の「生きる道」なのかもしれない。それは、世界有数の経済大国になった中国で、人民が解放されていないことを示している。

 中国の出稼ぎ労働者はルンペンプロレタリアートなのか。定義次第で如何様にも解釈できるが、貧富の格差が拡大した現在の中国に窮民革命論を当てはめるなら、出稼ぎ労働者が次の革命の重要な役割を担っても不思議ではない。だが、中国を変えようという意識がなく、社会に対する愛着も信頼もなく、国家の主体(主権者)との意識もなく、個人として生き延びることだけ考えているのであれば、彼らの権利が尊重される社会が実現するかもしれない次の革命は遠い。