望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





高句麗自治区

 20XX年、中国内に高句麗自治区が誕生した。元々は北朝鮮として国連にも加盟する独立国だったが、独立を捨てて中国に吸収された。朝鮮労働党は党員もろとも、そっくり中国共産党編入され、朝鮮人民軍は中国軍にそっくり吸収され、北朝鮮保有していた核も中国軍が管理することになった。



 北朝鮮は独立国として、やっていけなくなっていた。経済が行き詰まり、2010年に最高権力者の金正日総書記が「人民がまだトウモロコシの飯を食べていることに最も胸が痛む。いま私が行うべきことは、人民に白米を食べさせ、小麦粉のパンや麺を腹いっぱい食べさせることである」と語ったと伝えられたが、実際には、地域によってデノミ後、餓死者が出るなど食糧事情が深刻化、トウモロコシがあれば餓死者は出なかった。



 北朝鮮核武装したことを「売り」に、国際社会相手に強硬策を続けて各国から援助を引き出すという瀬戸際戦術で生き残りをはかって来たが、何度も繰り返すうちに手の内を見透かされるようになった。交渉カードであった核兵器が、北朝鮮のプライドの象徴に変化したことで「捨てる」ことができなくなり、国際交渉も頓挫し、各国からの援助は期待できなくなっていた。



 デノミによる混乱の実態を知った最高権力者らは、責任者を処刑するとともに、北朝鮮全土での状況を調べさせた。その結果、疲弊の度合いは深刻で、援助なしで自力ではもう持ちこたえられないと知った。上海万博が始まった頃、最高権力者らは中国に行き、食料援助を求めた。中国は食料援助の代償に、経済の段階的な一体化を持ちかけ、北朝鮮は同意せざるを得なかった。



 経済力の差が大きい中での一体化は、大が小を飲み込むことになる。食料や生活必需品が大量に中国から北朝鮮に流れるようになり、決済に使われた人民元がやがて北朝鮮全土でも日常的に流通するようになり、合弁による地下資源開発会社が乱立するようになり、日本海側に巨大な港が建設され、鉄道網も整備され、北朝鮮内に中国人が急増した。



 経済顧問として北朝鮮政府に中国人が加わり、中国政府の大量の資金援助によるインフラ整備が北朝鮮各地で始まった。軍事顧問として朝鮮人民軍に中国人が加わり、兵器は中国製に徐々に統一されていった。メディアにも中国人が加わり、最新機器が整備され、番組作りにも関与するようになった。中国の援助で北朝鮮全土での学校や医療機関の整備が進んだ。



 中国「支配」に反発した一部の朝鮮人民軍によるクーデターが失敗に終わった後、20XX年、新しい最高権力者が、中国と政治的にも一体化することを提案し、人民投票で承認され、北朝鮮高句麗自治区として中国に「参加」した。



 朝鮮民族も加えて、新しい中華民族の誕生だと中国内のネット世論は沸き返った。アメリカは、仮想敵が一つ減ったことに不満だ。韓国は南北統一を阻害され、猛反発し、北京から大使を召還、中国政府批判を行ったが、それ以上の行動は控えた。厄介な重荷を引き受けてもらったので、内心はホッとしているんじゃないかとも見られている。