望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

常温で飲むビール

 暑い夏に冷えたビールをグイッと飲むのが楽しみだという人は多いだろう。仕事帰りに居酒屋に寄って生ビールのジョッキを傾けたり、まっすぐ帰宅して風呂で汗を流してから冷蔵庫から冷えたビールを取り出したり、休暇中なら旅先で昼間から冷えたビールを飲んだりと、冷えたビールが暑い夏には似合っているイメージだ。

 ビールは冷やして飲むものというのが常識になったようだが、ビールの歴史からすると、常温で飲んでいた時代のほうがはるかに長い。紀元前四千年以上前のメソポタミアシュメール人がビールを飲んでいたといわれ、紀元前三千年のエジプトでは広く飲まれていたそうだ。一方で冷蔵庫の誕生は20世紀に入ってからで、日本で家庭に普及したのは1950年代だ。

 ビールが日本で飲まれ始めたのは明治に入ってから。最初は外国人によって持ち込まれ、ビール酒造組合サイトによると、日本人による初めてのビールの醸造・販売は明治5年に大阪で本格的に開始され、明治20年代に近代的なビール会社が各地に誕生した。

 冷やして飲むと水道水だって、うまく感じることがあるのは、冷たさによる刺激が心地よいからだ。だが、冷たく冷やすことは、甘みや香り、雑味を感じにくくし、苦味や塩味を強く感じるようにするという。冷やして飲ませることで味を「化粧」することができるのだ。

 日本で製造されているビールの大半が、冷やして飲むことを前提にした種類だ。酒飲みの大半は冷えたビールを飲み、満足しているのだろうから、それはそれでいいのだが、冷たい刺激を楽しむことをビールそのものの味わいと誤解している可能性もある。

 常温で飲むと、ビールそのものの味を知ることができるかもしれない。「ぬるいビールなんか飲めるか」と常温で飲むことを否定するビール好きが多いだろうが、それは、冷やして飲むことを前提に味作りしている日本のメーカーの術中にはまっているかも。

 刺激のある味だと感じていた銘柄が常温で飲むと味わいが希薄だと判ったり、刺激に乏しいと感じていた銘柄が常温で飲むと甘みなど複雑な味だと判ったり、ビールの味の世界は奥深そうだ。冷やして飲まないことで、開けてくる世界がある。