望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

日本人の密かな楽しみ

 世界的な日本食ブームだそうだ。特にスシが人気で、ヘルシー指向の欧米などでは日本食の代名詞のようになっているとか。中国でも日本食が受け入れられ、生食を嫌うはずの中国人がマグロの刺身を食べるようになり、そのあおりで世界市場でマグロの争奪戦になり、高値をつける中国バイヤーに日本商社が負けることも珍しくないという。


 日本食レストランが欧米に増え、中には、これが日本食?と日本人なら首を傾げたくなる料理を出す怪しげな店もあるとか。ブームを当て込んで参入しているのだろう。ただし、「よその国の奴らが勝手に日本食の名を使うのは許せない。日本食は日本人だけにしか作れない」などと考えるのは勘違い。例えば日本にも中華料理店は多いが、味は様々。美味しい店ばかりがあるはずもない。日本人シェフのフランス料理店、イタリア料理店だって多い。正統派であろうとなかろうと、美味しくてヘルシーな料理であれば、客は満足する。世界各地の日本食だって同じだ。


 日本食ブームとなると、スシやラーメンの次に世界で流行るのは何かと気にかかる。蕎麦屋は、味を納得してもらうのは欧米人にはハードルが高そうだ。蕎麦にクリームやらチーズ、ソース、ケチャップを掛けるわけにもいくまい。鰻屋はどうか。都内の鰻屋で欧米人を何度か見掛けたことがあった。甘いタレの店が増えていることもあって、欧米人にも馴染むことが容易かもしれない。でも、鰻屋が世界に広まると、鰻もマグロ同様に奪い合いになる。そうなると、ミナミマグロのように消費量の多い日本が批判され、シラスウナギの資源保護が強化されそう。鰻の蒲焼きぐらいは日本人だけの密かな楽しみにとどめておきたいものだ。


 日本食のほかマンガも日本発の文化として国際的に定着している。遡れば陶器や浮世絵、柔道、豆腐・醤油など欧米を始め世界に広まったものがある。文化は「特定の地域の人々にだけ共有されるもの」、文明は「地域を越えて広く多数の人々に共有されるもの」と定義すると、日本文化の中から、文明として世界の人々に共有されるものが増えているといえる。


 もちろん逆もあり、日本には中国や欧米から移入され根付いたものが多々ある。日本文化を世界の人々が受け入れるのは、日本人が洋服を着て、モーツアルトビートルズを聴き、ハリウッド映画やサッカーを楽しみ、麻婆豆腐やピザを食べ、ワインやウイスキーを飲むのと同じ。各国の文化が情報として世界で共有されるようになり、国境を越えた人々の移動も増大した。互いに影響し合う度合いは確実に高まっている。(世界各地でナショナリズムや偏狭な考え方の人々の動きが目立っているのは、文明が融合して世界化していることへの反動と見ることも出来よう)