望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

雪国の音

 雪が降っている情景の表現に「しんしんと雪が降る」がある。雪が降っているといっても、風が強い中で雪が降り続き、前方が見えにくくなるような吹雪ではなく、ちらちらと雪が舞っているのでもなく、無風か微風の中で雪が静かに降り続けている情景が「しんしんと雪が降る」だ。

 しんしんは「ひっそりと静まり返っている様子」「奥深く静寂な様子」などを示すので、都会で雪が降って鉄道が止まり、道路では渋滞が広がり、通勤客などが駅に密集しているなどの交通が混乱している状況にはふさわしくない。高層ビルやマンションが林立し、人通りが多い中で穏やかに雪が降っていたとしても、しんしんと雪が降るとの情緒とは違う。

 雨が降っている情景ならば、しとしと、しょぼしょぼ、ぽつぽつ、ぱらぱら、じとじと、ざあざあなど雨の勢いを形容する言葉がいろいろあり、細かい雨とか糸のような雨、蛇口をひねったような雨などの表現もある。また、春雨、秋雨、夕立、通り雨、霧雨、時雨、小糠雨、雷雨、五月雨、氷雨、長雨、豪雨、緑雨など雨の様子を表す言葉は多彩だ。

 雪にも淡雪、粉雪、細雪、風花、ざらめ雪、湿り雪、べた雪、牡丹雪、綿雪、新雪、どか雪、名残雪、万年雪など雪の状態を表す言葉が多くある。雪が降っている情景を形容する言葉は、しんしんの他に、こんこん、ちらほら、はらはら、ふわふわ、どさどさなどがあるが、どれも大きな音だとは感じさせない。

 しんしんは、音もなく雪が降っている静かな情景にふさわしい言葉だが、雪に消音効果があることは解明されている。音は空気の振動で伝わるが、雪には隙間が多く、そこで空気の振動が複雑な反射を繰り返すので減衰していき、音が小さくなると専門家は解説する。積もった雪にも同様の効果があるという。

 歌舞伎では雪の情景になると舞台に白い布が敷かれ、上から小さな白い紙がはらはらと降ってきたりもするが、印象に残るのは、大太鼓をゆっくりと叩く音で演出することだ。音もなく静かな情景を大太鼓のゆっくりと響き渡る音で表現するのは独特だが、静かさを感じさせる。音がないことを音で表現するのは簡単ではないが、それを歌舞伎では工夫した。

 雪国で暮らす友人は、雪には音があるという。積もった新雪を踏み締めて歩く時のギュッギュッという音や、湿った雪を踏み締めて歩く時のグッグッという音を友人は雪の音だとし、雪国の冬を代表する音だとする。降っている雪には音を感じないが、積もった雪を踏み締めて歩くと、雪の中に閉じ込められていた音が飛び出してくるのだと友人は主張する。