望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

権利か迷惑か

 全米自動車労組(UAW)は9月15日から、▽賃金を4年間で40%引き上げる▽賃金をインフレ率と連動させる生計費調整の復活▽新規雇用の労働者の賃金を低く設定する給与体系の廃止▽EVへの移行に伴う雇用の確保などを要求して、ビッグ3社の工場を指定してストライキに突入した。ストには3社の組合員約15万人のうち5万人近くが参加したという。 

 10月末にUAWは3社と相次いで新たな労働協約で暫定合意し、1カ月半に渡ったストライキは終了した。合意内容は、▽4年半で25%の賃上げ▽熟練労働者の最高賃金を33%引き上げ▽退職者に2500ドルの一時金を支払う▽生計費調整の復活▽年金支給乗率の増加▽一部の工場での従業員を二分する給与体系の廃止などと報じられ、労働者側が勝ち取った成果は大きい。

 米国では2021年春から物価上昇が続き、2022年6月には消費者物価指数(CPI)が9.1%にもなり、23年6月には3%に下がったものの7月からまた上昇気配だった。インフレは労働者の生活を直撃するので人々は黙って耐え忍んだりしない。労働組合が賃上げを求めたり、ストライキを行う動きが米国で広がり、組合員33万人の物流大手UPS労働組合は賃金の引き上げを求め、パートの賃金を5年間で48%引き上げるなどの内容で合意し、ユナイテッド航空パイロット組合は4年間で40%の賃金の引き上げで会社側と合意したという。

 欧州でも物価上昇が続き、労働需給の逼迫もあって各国で労働組合が賃上げを求めてストライキを行っている。航空会社や鉄道会社、エネルギー産業、公共部門、郵便、コールセンター、看護師、医師、港湾労働者、消防士、教員など多く職種に賃上げ要求ストライキが拡大した。CPIが10%を超え、家庭の平均光熱費は80%上昇する見込みという英国でも多くの職種の労働組合ストライキを行った。

 コロナ禍で各国でエッセンシャルワーカー(必要不可欠な労働者)が社会を支えていることが明らかになった。小売や運輸・物流、医療・介護、行政、交通、公共サービズ、ライフライン第一次産業などで人々が出勤して働くことによって社会が機能しており、リモートワークだけでは社会は回っていかないことが示された。そうして働く人々の多くは富裕層ではないだろうから物価やエネルギー費、光熱費などの上昇によって生活が脅かされる。

 「こんな賃金ではやっていけない」と労働者が賃上げを求め、ストライキも辞さないのは労働者の権利であり、自然な展開だ。だが、日本でも円高原油高などにより物価上昇が続いているが、賃上げを要求して労働組合ストライキを決行する事例は少ないようだ。労働組合ストライキを行うとマスメディアは利用者の声を取り上げるが、それは「こっちの迷惑も考えて欲しい」といったものが多く、日本ではマスメディアは常に会社側に寄り添うように見える。

 賃上げを求めて闘わない日本の労働組合だが、組織率が過去最低の16.5%(推定、2022年)に低下し、組合数も組合員数も減少が続いている。政府や日銀から脱デフレには労働者の賃上げが必要だとの声も聞こえるが、そんな「追い風」にも労働組合の動きは鈍く、春闘という労組の晴れ舞台まで力をためている気配だ。もしかすると、権利の行使よりも我慢することが賞賛される日本社会で組合員も組合も、ストライキは迷惑をかけると自重し、我慢して耐え忍ぶことを選んでいるのかな。