望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

クマの個体数

 今年、日本では東北地方を中心に北海道から北陸まで全国各地でクマの出没が相次ぎ、農山村のみならず市街地でも目撃例が増えている。遭遇したクマに襲われて負傷する被害も多発しており、最も多かった3年前の158人をすでに上回る172人に達したとNHKが報じた(10月29日現在)。10月に入ってからの被害が各地で増えたという。

 山菜やキノコなどを採るため山林などに入った人が被害に遭う事例は例年発生しているが、今年はクマが人里に現れ、遭遇した人が襲われる事例が多発している。クマの出没とクマによる被害のニュースを世間はまだ冷静に受け止めている気配だが、もし子供がクマに襲われて負傷したり、殺される事例が発生したなら世論は一気に変わる。世論は沸騰して「行政は何をやっていたんだ。こうした事態は予見できたはずだ」と行政に対する批判のボルテージは高まるだろう。

 クマの出没が増えた要因として、①今年は夏の猛暑によりクマが食べるドングリなどが不作で少ない、②クマの個体数が増えている、③狩猟者の減少やクマの世代交代によって人間の怖さを知らないクマが増え、人を恐れなくなった、④餌を求めてより広範囲にクマが行動するようになった、⑤農山村の過疎化などで耕作放棄地が増え、クマの隠れ場所が拡大して行動範囲が広がった、⑥市街地の柿の木などに実る果実を食べに人里にもクマの行動範囲が拡大した、⑦クマの生息域にまで市街地が拡大したーなど様々な推測がある。
 
 野生生物の保護は「正しい」ことと世界的にされ、各国で野生生物が保護されるようになり、生息数を増大させる野生生物も珍しくなくなった。その結果、クマなどと人の遭遇が増えた。欧州最大のヒグマの生息地のルーマニアでは、クマが人や家畜を襲う事例が増加し、当局は殺処分を認めるヒグマの年間上限頭数を50%増の220頭まで大幅に引き上げた。観光客による餌付けや、施錠されていないゴミ箱に放置された食べ物が誘因となってクマが出没するようになったという。

 日本でも知床などの観光地では以前から、観光客が不用意にクマに接近したり餌付けすることが問題化していた。観光客にとってクマは日常生活には存在しない珍しい野生生物だろうが、住民にとってクマは共存せざるを得ない肉食獣であり、「クマが日常にいる暮らしはロマンチックなものでは全然ない」とルーマニアの元環境相ルーマニアの山間部の住人は、クマは怖いが「共存に慣れただけだ。他に道はない」。

 日本でもクマの個体数は増えていると推定されている。本当に増えていて、それが市街地などへの出没につながり、被害に遭う人数を増大させているのだとすれば、人との共存に適切な個体数にクマを管理するしかない。ルーマニアはクマの個体数を約8000頭と推定しており、220頭まで殺処分数を引き上げても、おそらく種の絶滅などの懸念はないだろう。

 問題は、日本ではクマの個体数がぼやけていることだ。どれだけクマが増えているのか誰も知らず、クマの個体数を適切な範囲に管理しようとしても、根拠となる数字がない(推定の個体数は発表されていても、上下の幅が広すぎたりして、実態はぼやけている)。政策の根拠となる数字がぼやけているのだから、クマに襲われる被害が深刻化すると、世論に押されてクマの殺処分が先行するかもしれない。