望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

不利益を選ぶ

 親から受け継いだ工務店を社員30人ほどの建設会社に育て上げ、子息に社長職を譲って今は完全に社業から離れて悠々自適の生活を送っている友人Aは、郊外の離農した人の大きな農家を買い取ってリフォームして住み、家庭菜園というには広すぎる畑で多くの種類の野菜を育てながら暮らしている。

 さまざまな収穫した野菜を使った料理を並べて「収穫祭」を行うとの誘いを受け、久々に友人Aの顔を見に出かけた。農家だった家は、外観は農家の面影を残しているが内部はすっかりモダンな作りに変えられ、「基礎から全部新しくした。農家だった外観を生かして手を入れたけど、古材を探して、けっこう使ったから新築するよりも金がかかった。まあ、これが俺の終の住処だ」と友人A。

 そこへ友人Bと友人Cが到着した。友人Bと友人Cが友人Aと会うのは10数年ぶりだという。「農家を買って田舎暮らしを始めたというから、小さな農家で細々と年金暮らしをしていると思っていたが、ずいぶん立派な家だな。これなら民宿を始めても商売になりそうだ」と友人Bは相変わらず遠慮なしに言う。「老夫婦2人だけで住むには広すぎるな」と友人Cも時候の挨拶は省いて言う。

 前夜から友人Aと奥さんが下ごしらえし、準備していた料理が次々とテーブルに並び、「収穫祭」が始まった。「草取りなんかも適当で、まめに手入れもしないのに、場所がいいのか、結構な量の野菜が獲れるんだ」と友人A。友人Bと友人Cが持参した大量のワインや日本酒などのボトルが次々と空になっていった。

 居間に移って、話題は自然に昔の付き合いの思い出になった。「若い頃に付き合っていた連中は皆、いい歳になったが、丸い人格になった奴は誰もいないな。相変わらず言いたいことは言い、やりたいことはやる奴ばかりだ」と友人A、「類友だから、自由に生きるのが好きで、抑えつけられると反発する連中が集まったんだ」と友人C。

 「いろんな奴がいたな。あの頃は、ああしたほうがいいとか、こうしたほうがいいとか側から見ていて言いたくなっても、そんなことは本人は分かっている。そっちに行ったら損をすると分かっていても、損を承知で、やりたいことをやる奴らだった」と友人B。いろんな事情とか心境、境遇が絡み合っていたのだろうが、損をすることに負けない気持ちの強さがあったのは、若さに加え反骨心があったからか。

 「こんな経営者に頭を下げて働くよりも、窮乏してもいいから縁を切りたいと思って職を転々としてきたんだ」と友人C、続けて「我慢したほうがいいと思っても、ムズムズと心の中で動くものがあって、自分を損得では納得させられない」。「我慢することが屈辱と思えるのだったら、自分の意思を通すしかないさ。そんな生き方をする奴らだから、こっちも信頼できたんだ」と友人B。

 「利害で動くのが当然視される最近の連中から見れば、俺たちの生き方は懐メロと同じようなものかもしれないな」と友人A。「でも、損はしたかもしれないが、それなりに豊かな人生だったと思うよ」と友人Bと友人Cは口をそろえた。少し我慢すればいいと自分をなだめてーーでも、実際は少しの我慢が繰り返される人生になったりする。人生の本当の損得は何なのだろうかと深夜まで会話は続いた。