望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

東京を捨てた友

 30年近い付き合いの友人が先日、山梨の山間に畑付きの農家を買い、東京を離れた。子どもらが独立したこともあってか、彼は早期退職に応募、友人間の噂では、独立してコンサルタントでも始めるんだろうということになっていたが、彼は東京の家を処分し、夫婦2人で引っ越した。年金暮らしまで、あと10年近くはあるはずだが、畑で野菜類をつくり、半自給自足的な生活をおくるつもりだという。


 あいつは何故そんな決心をしたのか? 一夕、様子を見がてら訪ねた。


 友人は「来年の今頃には俺がつくった野菜を食わしてやる」などと言いながら、「畑があれば、野菜は何でもできるだろうなんて思ってたけど、気候風土に結構制約されるんだな。だから今は近くの農家の人と親しくなって、この土地のことを少しずつ教えてもらっているところだ」と、新しい生活を楽しんでいる様子で話す。


 「東京で仕事をしていれば、まだまだ稼げたはずなのに」と水を向けると、「東京での仕事は面白かったし、東京での生活も楽しかったが、だんだん冷めてきたのか、つまらなさを気持ちの中で誤摩化せなくなった。誰かが言ったことの受け売りを、さも自分の知恵であるかのように装って声高に言う連中がはびこり、1、2ヶ月で消費され尽くす商品/情報/人間の氾濫…。消費されるから金が回るってことは十も承知でやってきたが、もう、いいだろう?って気持ちになった」。


 「綺麗ごとすぎるんじゃないか?」と互いに酔いの回ったところで、本音を吐けと迫ると、友人は「正直言うと、そろそろ東京に大地震が来るんじゃないかと不安が増した。それが第一だ」。神戸のホテルで大地震を体験し、市街地が燃えるさまを直接見ているだけに、震災の不安は彼にとっては現実的なものらしい。

 続けて「もうひとつは、日本の国家財政の破綻だ。政府も何らかの手を打たざるを得なくなり、大増税とインフレの時代になる。地震にしても大増税とインフレにしても、東京にいては、巻き込まれるだけだ。だから、早めに手を打った。ここがあれば、もしもの時は子どもらは逃げて来ることができるし、自給自足ができるようにしておけば、大増税やインフレにも耐えられるだろう?」
 あいつの不安が杞憂であれば、いいのだが……