望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

便利な言葉

 未成年者による残虐な犯行が行われ、社会に大きな衝撃を与えることがある。被害者に対して犯人が強い恨みや憎しみなどを持っていたわけでもなく、無差別に行われたと見える犯行の残虐さだけが浮かび上がったりすると、社会は理解に苦しみ、犯行の動機を探ろうとする。そんな時に持ち出されるのが「心の闇」だ。

 「心の闇」という言葉は何も説明していない。闇とは何か。誰の心の中にもあるだろう闇と、残虐な犯行に至った闇とは、どう違うのか。そもそも心の中にある闇とは何か。犯行を決行するには強い衝動があったのだろうが、傍からはうかがい知れない。そうしたときに「心の闇」が持ち出されるが、この言葉が持ち出された時は残虐な犯行を前に、動機の解明などについては判断停止するという合図だ。

 「人を殺してみたい」とか「死刑になりたい」などの動機で残虐な犯行を行う人がいて、疎外感が強くなりすぎて「社会に復讐する」と残虐な犯行を行う人もいる。これらの動機は一応理解できるようでもあるが、そうした動機を生じさせたのは何かを解明するには、犯人の犯行に至る前の生涯を詳しく検証することが必要だろう。だが、詳しく検証できたとしても、それは他人による解釈でしかない。

 残虐な犯行を行った当人にも理解できていないかも知れない動機を、あとから他人が理解するのは無理だろう。そこで「心の闇」という言葉が持ち出され、人々は何かを理解したような錯覚を共有して、裁判で判決が出ると、残虐な犯行のことは社会的に始末がついたことにする。「心の闇」という言葉は社会的に便利な言葉でもある。

 社会的に便利な言葉はいろいろあるが、最近頻繁に使われるようになった言葉が「温暖化の影響」だ。大雨が降ったり、強い台風が来たり、暑い日が続いたり、大きな山火事があったり、日照りが続いたりーなどニュースで報じられる顕著な自然現象を、「温暖化の影響」だとして理解した気になる人が多いようだ。本当に温暖化の影響なのかは科学的な検証を要するが、日々のニュースでは詳しい解説は乏しい。

 地球の気候は固定されたものではなく、常に変動している。温暖化も寒冷化も地球にとっては特異な気象現象ではないだろうが、人間にとっては慣れ親しんで住みやすい気候が望ましい。何を正常とし、何を異常とするかは基準の設定次第でどうにでも操作できる。温暖化に警鐘を鳴らす気候変動論は「異常」な気象現象を目立たせることで支持を広げている。

 社会的に便利な言葉は、それを使うことによって何かを理解した気になったり、何かに決着をつけた気になったりするために用いられる。詳しい検証や綿密な議論は面倒だと見向きもされず、水戸黄門が振りかざす印籠を見たように、そこで人々は判断停止する。そんな効果を社会的に便利な言葉は持っているようだ。