望潮亭通信

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ロシアの核使用

 ロシアのメドベージェフ国家安全保障会議副議長(前大統領)は7月末、ウクライナの反攻作戦が成功した場合、ロシアは核兵器の使用を余儀なくされる可能性があると述べた。同氏は1カ月前にも、「全ての戦争は即座に終わらせられる。平和条約を結ぶか、1945年に米国が核兵器で広島と長崎を破壊したのと同じことをするかだ」と述べ、核兵器の使用の可能性をちらつかせた。

 プーチン大統領は昨年2月、ロシア軍で核戦力を運用する部隊に「任務遂行のための高度な警戒態勢に入る」よう命じ、同9月には「ロシアの領土の一体性への脅威が生じた場合、あらゆる手段を行使する。核兵器で我々を脅迫するものは、風向きが逆になる可能性があることを知るべきだ」と核戦力の使用を暗示した。

 これらの核兵器への言及は、ウクライナ侵攻においてロシアが当初の目的を達成することができず、守勢に追い込まれていて、反転攻勢も撤退もできず、欧米を敵に回しているので外交で打開する余地が乏しいため、言葉による威嚇に頼るしかない状況の反映だ。欧米に対する外交が機能せず、言葉による威嚇を繰り返すロシアは北朝鮮と似てきた。対話の言葉を失い、国際的な孤立に反発するだけだ。

 ロシアがウクライナ核兵器を使用したならば①NATOとの軍事的緊張が一気に高まる、②欧米など国際的にロシア批判が一層高まる、③中国やインド、トルコなどロシア排除に距離を置いていた国々はロシアとの関係を見直すーなどが予想されるが、④核兵器が使用された地域における被害の甚大さと人間に対する残虐性を欧米メディアが熱心に取材して報道するーことも予想される。

 人類は広島・長崎で核兵器による攻撃を初めて体験したとされるが、欧米メディアにとって広島・長崎は遠く、その体験にはおそらく現実感が乏しかっただろう。さらなる人々の死傷を減らすために広島・長崎での原爆使用はやむを得なかったとする米国の戦勝史観の影響もあり、白人が核兵器の犠牲者ではなかったこともあってか、欧米メディアでは核兵器使用に対する反対は理念だけにとどまっていると見える。

 その欧米メディアは、チェルノブイリ原発の事故により放射性物質が北欧から中欧などにも到達、各国に社会的な混乱をもたらした時に、おそらく放射性物質による汚染の危険性に初めて直面した。同時に、恐怖の感情に突き動かされてか危機感を過剰に煽ったとの批判もある。最悪を想定して備えることは大切だが、メディアはしばしば最悪を想定して不安を煽ることを社会的な使命と強弁する。

 ロシアが核兵器を使用すれば、欧米メディアは詳細に被害の実態を報じるだろう。それは残虐な核兵器を使用したロシアに対する批判を強めるとともに、広島・長崎の被曝の実態にも目を向けさせる。ロシアの核兵器使用を米国は強く批判するだろうが、ロシアに対して道義的な責任を追求するには限度があろう。ロシアの核兵器使用は人道に反する行為だが、米国の核兵器使用は「やむを得なかった」などという説明は成り立たないからだ。