望潮亭通信

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独裁者のための戦勝記念日

 ロシアは5月9日を第二次大戦で連合国がナチス・ドイツに勝利した日として戦勝記念日と定め、盛大に祝ってきた。当時のソ連軍がベルリンを陥落させ、ヒトラーを自殺に追い込んだことから、ソ連が欧州を解放したとも主張する。ロシアは日本にも勝利したとして9月3日を対日戦勝記念日としている。

 中国は9月3日を抗日戦争勝利記念日とするが、軍事パレードなどが盛大に行われるのは10月1日の国慶節だ(1941年に天安門広場毛沢東中華人民共和国の成立を宣言したのが10月1日)。ただし、2015年には9月3日に軍事パレードを行い、対日勝利を大々的に祝った。習近平主席の中国が、世界にアピールするとともに日本に圧力をかける狙いがあったと見られる。

 広島に原爆が投下されたのは1945年8月6日だが、中立条約を結んでいた日本にソ連が戦端を開いたのが2日後の8月8日。日本がポツダム宣言を受諾したのは8月15日だが、その後もソ連は侵攻を続け、千島列島を占領した(ソ連の参戦はヤルタ会談で秘密決定され、見返りに米英はソ連南樺太と千島列島を帰属させることを容認したという)。

 当時のソ連ナチス・ドイツ軍と正面から戦い、死者2700万人以上という大きな犠牲を出したが、対独戦に比べ短期の対日戦でのソ連軍の死者は約8200人とされる。人々が共有する惨禍の記憶を継承するために記念日設定などで追悼を定期的に行うことは各国で行われているが、ロシアや中国が戦勝記念日を祝うことには現在の政権による政治的な意味づけが多分に付与されている。

 ロシアと中国に共通するのは、第一に政治的指導者の個人独裁の傾向が強い、第二に民主主義や自由、人権など西欧由来の価値観に強く反発する、第三に強国願望が強い、第四に軍事力を誇示する、第五に国民に愛国心を強く求める(=強制する)、第六に国内では情報統制を行い、批判者などを強権で社会から排除するーなどだ。

 そうしたロシアや中国が過去の対独・対日などの戦勝を盛大に祝うのは、国内の愛国心を高め、政権への求心力を高め、強国になったことを誇示するほかに、そうした戦勝記念を欧米は批判することができないからだ(かつてはロシアも中国も欧米とともにドイツや日本と戦った)。かつてのドイツや日本と同様の全体主義国だとロシアも中国も見られているが、戦勝記念日には「全体主義と戦った」などと主張する。

 自由選挙が行われない中国では政権の正統性を民意に求めることができす、戦争に勝利したことが政権の正統性の重要な1部分になる。与党が圧勝する選挙が行われているロシアでは、プーチン政権が独裁色を強め、その「無謬性」を強調するイベントの一つとして対独・対日の戦勝記念を祝う。現在ではなく歴史上の「功績」を持ち出さざるを得ないロシアや中国からは、人々の愛国心を高めつつ常に統制し続けなければならない個人独裁を許す国家の構造の脆さが透けて見える。