望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





氷雪の門


 映画「氷雪の門」は、重いテーマを扱っているものの、当時のアイドルを集め、ベテランで脇を固めた趣の作品。アイドルらは、楽しい時ははしゃぎ、悲しい時は泣き、深刻な場面では神妙な顔をするだけ。人気はあるが演技力に期待できないアイドルを主役に映画を作る時には、ベテランで脇を固める作り方をする。



 南樺太の真岡郵便局で電話の交換業務を担当していた女性9人が、1945年8月20日ソ連艦船の艦砲射撃後に上陸して来たソ連軍が局に迫ると、集団自決した。映画はその事件を描いている。



 1945年8月9日にソ連は、広島に原爆を落とされて敗色濃厚な日本に対して、日ソ中立条約を一方的に破棄し、日露戦争のあと、日本領となっていた南樺太に侵攻を開始し、8月15日以降も攻撃を続け、日本軍が送った停戦の使者を殺害、8月28日にソ連軍が樺太全島を占領した。日本では沖縄でだけ本土での地上戦が行われたと言われるが、それは間違い。南樺太での対ソ連戦も本土での地上戦であり、最後の地上戦であった。



 ソ連は、うまいことをやった。玉音放送を聞いて戦意が低下した日本軍相手に、取れるものは取れるだけ取る……てな感じで終戦間際に攻撃を始め、北方4島と南樺太を軍事力で占領し、実効支配を続けている。おそらくソ連は、ドイツの一部を占領して東ドイツとしたように、北海道占領をも狙ったのじゃないか。でも、時間が足りなかった?



 ロシアは2010年に、1945年に日本が第2次世界大戦の降伏文書に署名した9月2日を大戦終結の記念日とする法案を制定した。終戦の8月15日以降にも侵攻を続けたとの日本側の批判に、やましいところが恐らくあったのだろう。ロシア国内法で北方4島と南樺太の占領に「お墨付き」を与えることが狙いらしい。共産主義であろうとなかろうと倫理性に欠けるというロシア(ソ連)の本質は変わらない。



 日本軍も8月15日以降もソ連軍相手には戦闘を続けるべきだったのか。しかし、侵攻してくるソ連軍相手に8月15日以降も日本軍が戦闘を続けていたなら、日本と連合国側との戦争が終結したとは認識されず、9月2日時点の降伏文書調印はなかっただろう。8月15日以降にアジア各地や日本国内で日本軍の武装解除が進められたからこそ、9月2日の降伏文書調印が行われた。



 映画では、「鬼畜」ソ連兵が真岡郵便局に迫り、「清いまま死にたい」と次々に毒をあおる9人の集団自決がクライマックス。実際の状況とはいろいろ違っているらしいが(「永訣の朝」川嶋康男著、河出文庫)、そこはアイドル映画、出来事の大筋の雰囲気は伝えている。



 1945年8月15日以降のソ連軍の日本侵攻について、もう日本のメディアは声高に言わない。いつまでも「歴史問題」を振り回す中韓に比べて、日本は潔いのか、忘れっぽいのか。どちらにしても、日本の手持ちの外交カードを少なくしていることは間違いない。