望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

信教の自由が盾

 20XX年、3団体に分裂していた広域指定暴力団◯△組の構成員の多くが参加して宗教法人「統一◯△教」が誕生した。◯△組を全国有数の組織にまとめ上げた四代目組長(故人)を教祖とあがめ、生前の言葉を編纂した「教え」を聖典とし、信者は「清く、正しく」生きることを掲げている。

 すでに、寺院を買い取って宗教法人の認可を得た地方が全国各地にあり、それらを統合するとともに、さらに各地で寺院を買い取って組織化し、全国的な布教を目指すという。信者は◯△組を離脱したことになっていて、各自は生業を持つとともに、「お天道様に恥じない生き方」をしなければならないそうだ。

 預貯金口座の開設ができなかったり、家や車や携帯電話の契約にも苦労するなど暴力団の構成員の権利は厳しく制約されているので、偽装離脱ではないかと疑う声もあがったが、「信教の自由を、元組員だからと奪うのか」と激しく反発され、表立っての批判の声は小さくなり、マスメディアも信教の自由には抵抗できず、統一◯△教に対する批判を控えるようになった。

 誕生から半年も過ぎると世間の関心は薄れ、統一◯△教は新興宗教の一つと認知された格好だ。実態は暴力団だろうと見る人は多いものの、「触らぬ神に祟りなし」ということで世間の関心は薄れ、マスメディアの報道も消えた。広域指定暴力団◯△組の構成員は減る一方だが、統一◯△教の信者は増え続けた。

 統一◯△教が再度、注目されたのは信者の「布教」活動の実態をリポートした雑誌の記事だった。みかじめ料を飲食店などに要求することは無くなったが信者たちは寄進を要求するようになり、宗教活動と称して資金を融通して多額のお布施を要求するヤミ金融、先祖の因縁や悪霊を払うという特別な物品の高額売りつけや高額な開運みくじなどの販売に加え、全国の寺院で墓地を拡大するとともに墓石などの販売も始めていた。

 批判が高まると統一◯△教は信教の自由を盾に反論した。指摘された活動は布教に伴うものであり、「熱心な信者による行き過ぎはあったかもしれないが、それはごく一部だ」として真面目に布教を行う信者が大半だと主張した。さらに、同様の活動は多くの既成宗教や新興宗教も行っていると指摘されると、行政は動かず、マスメディアの批判のトーンも穏やかになっていった。

 ーー信教の自由に対する批判と反社会的な行動に対する批判を混同することは間違いだが、反社会的な行動に対する批判を信教の自由に対する批判であると強弁するのも間違いである。そこの見極めが曖昧なら、統一◯△教のように宗教法人を隠れミノにしてシノギなどの経済活動を行ったり、布教と称して政治活動などを行ったりする人々は後を絶たないだろう。