望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

目つきが妙

 自動車のヘッドライトは、一昔前は丸形が大部分で、横長の長方形が少数あるのみだった。丸形でも、2灯式は大型で、4灯式は小型になるなど多少の違いはあったが、基本的にはどの車も同じような「目つき」をしていた。車のデザイン上でもヘッドライトはヘッドライトとして、独立の存在として扱われていた。


 それが現在はボディラインの中にヘッドライトが取り込まれ、ライト自体は小型の丸形ではあるもののヘッドライト部分が大きな曲面ガラスに覆われ、「表情」は異形の様相を呈している。


 こんなヘッドライトの流行の始まりはドイツからだった。ベンツの数代前のSクラスが丸形2灯式を不定形につなげて一体化した造形をした。赤塚不二夫の漫画に出てくる、すぐピストルを撃つおまわりさんの目を連想させるようなデザインで、「ヘッドライトは自由にデザインしていい、丸や四角にとらわれることはない」と世界に宣言した。


 これが世界中のベンツ・フォロワーの各メーカーに「お墨付き」を与え、ついでBMWがセダンに斬新なデザイン・造形を持ち込み、ヘッドラインもボディを走るラインに合わせて埋め込むというデザインとともに、「目をきつく」見せるようにデザインした。簡単に言えば、車のヘッドライトのデザインは「何でもあり」ということをBMWは、小型車から大型車、スポーツカー、SUVで実際に示してみせた。ポルシェもヘッドライトとスモールライトを融合させた妙な「表情」をまとった。


 そこからはフォロワーたちの出番。単なる真似にとどまらず、「ヘッドライトも自由にデザインしていいんだ」とブレークスルーがあったのか、発想の自由さが容認されたことで、日本を含む世界で様々な造形が生み出された。自動車全体のデザインを最優先し、ヘッドライトはデザインに溶け込むように埋め込むことで新しい美の競演が出現したとなればよかったのだが、様々な制約のもとに生産される工業製品の宿命か、そうそう勝手な位置にヘッドライトを配置することもできず、「でも自由にデザインした雰囲気を出したい」というつもりか、ヘッドライトカバーのいびつさが目立つデザインも珍しくない。


 特にミニバンやSUVのデザインで妙なものが多い。これは、カテゴリーの歴史が浅いためデザインの「方程式」が確立していないこともあるだろうし、また、セダンではBMWのような個性的なデザインは日本では販売政策面からできないために、ミニバンなどのデザインではデザイナーらが「つい、はしゃいで」個性を出そうとするためか、なんて想像してしまう。


 美しいボディラインよりも生産効率のいいラインのほうが優先される自動車デザインの世界で、自由度がより高まったかのようなフロント部分の異形の反乱。大半が同じ「表情」をしているよりも、様々な「顔つき」のほうがいいのだが、一目見て妙だと見えるデザインを、そのまま製品化しているのは、メーカーが市場をとらえられず、手探りで、何か当たるだろうと試行錯誤している結果だ。そして、妙な「表情」の新車がまた1台と街に出て行く。