望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

大口が流行り

 自動車には表情がある。正面から見ると、二つのフェッドライトが目、ラジエターグリルが口と映り、生き物の表情を連想させる。自動車は動くものだから、走るという動作が生き物のように自動車を見せ、向かってくる自動車の表情が生き生きとして見えたりする。

 生き物の目を連想させやすい丸いヘッドライトを持つ自動車は少なくなり、ボディラインと一体化した変形のヘッドライトの自動車が多くなり、自動車の表情は大きく変わった。親しみや愛嬌がある表情は少なくなり、感情が読み取れない無機質な表情が多くなり、どけ!どけ!と周囲を威嚇しているような顔つきの自動車も珍しくなくなった。

 そうした威嚇を強調するのが、大きく拡大したラジエターグリルだ。そんなに大きな開口部はエンジンルームの冷却には必要ないので、拡大したラジエターグリルの半分以上がダミー=実際は塞がれている。拡大したラジエターグリルは機能とは関係なく、存在感を強調するためのデザインだが、口を大きく開けている表情に見える。

 人々に好まれるから拡大したラジエターグリルの自動車が売れ、路上に大幅に増えたのだろう。人々の自己主張が強くなったから拡大したラジエターグリルの自動車が売れるのか、面白がって人々が買っているだけなのか定かではないが、おとなしい表情の自動車が何やら新鮮に見えるほど、拡大したラジエターグリルの自動車が路上に増殖している。

 自動車のデザインには世界的な流行があり、その最新の流行の一つが、拡大したラジエターグリルで、ベンツなどドイツメーカーもラジエターグリルを拡大させた。ドイツメーカーはEV(電気自動車)へのシフトを急ぎ、EVの新型車を続々と発表しているが、その多くにも拡大したラジエターグリルが備わっている。

 EVでもモーターやバッテリーなどの冷却は重要だろうが、ラジエターは必要ないのでラジエターグリルはなくてもいい。だが、ベンツなど各社はEVに大きなラジエターグリルを貼り付けている。大きく立派に見せなければ割高なEVを人々には売り込めないと考えたのか、単純に流行に合わせただけなのか詳らかではないが、自己主張が強すぎて環境フレンドリーに見えないところが残念だな。

 1950年代から60年代のアメリカ車は、横に広がった大きなラジエターグリルの下部にメッキが輝く立派なバンパーを装着し、堂々とした押し出しの表情だった。だが威圧感めいたものが希薄に感じられたのは、どこかに余裕と遊び心が漂っていたからだ。最近の拡大したラジエターグリルの流行には、そうした余裕や遊び心が感じられず、売るためには何でもしなければならないとのメーカーの必死さが漂っている。