望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

感染者と反逆者

 中国は支配する新疆ウイグル自治区チベット自治区で、出生率を抑制するため人々に不妊手術などを強いたり、移住で増えた漢民族との結婚を奨励して「中華民族」化を推進する施策を続けているとの指摘がある(独裁する中国共産党は全面否定)。この指摘が事実なら、大規模な民族浄化エスニック・クレンジング)を国家が行っていることになる。

 急速な中国の経済成長の恩恵を享受している欧米は人権問題などにおける対中批判を控えていたが、中国が欧米による国際規範を揺り動かし始めたためか対中批判を始めた。100万人以上のウイグル人が政治的再教育収容所に拘束されているという新疆ウイグル自治区での調査を受け入れるように国連人権理事会で中国に要求したりするが、その国連人権理事会では中国が理事国に引き続き選ばれた。経済関係を優先しながらの欧米の対中批判の威力は限られていそうだ。

 北朝鮮では絶対的な独裁体制を敷く金正恩党委員長が恐怖政治を行っていると伝えられる。強制収容所には50万人以上の政治犯が収容されていて、餓死者が続出する環境だという。公開処刑は珍しくなく、幹部も対象となり、2013年にはナンバー2だった張成沢も反逆罪で処刑された。デノミ失敗で混乱した2010年には、反対する住民や警官と敵対した人々を公開で銃殺刑にし、労働党の経済政策責任者も処刑された。

 脱北者の証言をまとめた韓国NGOによると、北朝鮮では政治犯や反逆罪に問われた人々のほか、韓国のドラマを見た▽脱北しようとした▽家畜などを盗んだ▽聖書を所持した▽売春▽公金横領▽麻薬の所持や取引▽食糧の窃盗▽殺人、強盗、密輸などを罪状として死刑になる人々がいて公開処刑もされる。公開処刑には人々が暮らす日常空間も使われ、学校や広場、運動場などで行われ、千人以上が集まることもあるという(強制かどうかは不明)。

 中国でも北朝鮮では、独裁する権力に大半の人々は従順に従う。積極的に同調する人や政治的意識がなくて従う人もいれば、我慢して従う人もいるだろうが、批判は許されない。私的な空間での権力批判も密告されれば厳しく処罰され、軽犯罪を犯した人でも社会秩序を乱したとされれば処罰される。法より独裁権力が優先する体制なら、「犯罪者」を刑務所に収容するより処刑などで社会から排除することを選ぶかもしれない。
 
 仮定の話だが、一党独裁や個人独裁で、人々の異論を一切許さず、過酷な抑圧を続けている国で、独裁権力が疫病の流行を「我が国は感染を押さえ込んだ。大規模な感染再発は起こっていない」とか「我が国には感染者は存在しない」などと宣言したとすると、その宣言に人々は反することはできない。しかし、独裁権力が命令したとて疫病の流行を制御することは難しいだろう。

 そういう宣言の後に疫病に感染した人は、独裁権力の宣言に反したとみなすこともできる。最悪ならば、感染した人は独裁権力の意向に逆らった反逆者とされ、拘束されて強制収容所に送られたり処刑される。感染者ではなく反逆者であるとされて社会から排除され、感染者にはカウントされない。かくて独裁国家では感染拡大の抑制が政治的に可能になり、「我が国では感染拡大は起こっていない」との状態が保たれる。