望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





台湾の位置づけ


 領土だの愛国心だのが絡むと、途端に威勢が良くなり、強硬論を唱えて「一歩も引くな」とけしかけたり、「中国が攻めてくるぞ」と不安を煽り立てる手合いが出てくる。まあ、戦争の危機が非現実的で平和な日常の中にいるから、そんなタカ派ぶりも商売になるというわけかも。



 強硬論を浸透させたり、不安を世に広げるためには、情緒的な人々が多いほうがやりやすい。冷静に情報を集めて分析し、様々なケースを想定して考える人々が比較的多い社会なら、強硬論や不安感の前提となる事実関係の検討が重視されるだろう。



 例えば、尖閣諸島問題での中国の強硬な態度の理由。中国内陸部の過去の反日デモで「収回琉球、解放沖縄」と書かれた横断幕が登場したことを根拠に、尖閣諸島を取られたら次に中国は沖縄を狙い、やがては日本も支配下に置かれるなどと言う人がいる。そういう人は、デモ隊の主張と現実政治の区別がついていない。デモ隊が「世界平和を」と横断幕を掲げたなら、世界平和が実現するのかね?



 中国は、尖閣諸島は台湾に付属するから中国の領土だと主張しているが、中国のこの主張は一言で崩れる。その言葉は「台湾は中国ではない」だ。日本を含め世界の多くの国が、中国と国交を樹立する時に、国家としての台湾の否定を中国に強いられただけだ。



 台湾と中国は分裂国家である。分裂国家の双方が経済的に成功しているという珍しい例だ。台湾を国家扱いすれば中国が怒るからと各国は、台湾を国家扱いできないが、自由選挙が行われ、乱闘で名高い議会もある台湾は、透明国家とでも名付けるべき独立した存在だ。いずれ台湾は中国に吸収されて当然だとする国は世界にほとんど、あるまい。



 分裂国家でも例えば、現在でも北朝鮮・韓国は国連に加盟し、双方と国交を結んでいる国は珍しくない。それなのに中国は、国家としての台湾の否定を各国に強要する。なぜ中国は台湾の独立を認めることができないのか。それは、中国共産党人民解放軍)が残している唯一の未解放区だからだ。



 今さら中国共産党による解放なんて台湾には必要ないのだが、中国共産党が1党独裁を続けて行くことの正当化のためには、中国共産党が中国を解放したという物語が不可欠だ。別の言い方をすると、台湾の独立を中国共産党が容認するなら、「解放」の正当性が崩壊し、次はチベットウイグル……と中国からの独立が続き、1党独裁政治も揺らぐことになろう。



 中国は台湾の武力制圧への備えを怠っていない。中国海軍の太平洋への展開能力向上は、台湾有事と密接に関連している。中国海軍が沖縄付近を通って西太平洋での作戦能力を高めているのは、台湾有事の際に米軍が太平洋側から行う台湾支援を妨げることが狙いだろうし、さらに小笠原付近までの中国海軍の展開は、台湾有事の際に米軍の台湾接近を牽制することが狙いだろう。



 中国共産党尖閣問題で強硬に出るのは、彼らの存在基盤や台湾の位置づけと関わるからだ。逆に言えば、中国側には政策の自由度がない。日本がしたたかな外交巧者であったなら、尖閣問題を機会に、政治体制が硬直して弱点が多い中国を翻弄することができただろうに。