望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

野良猫と祟り

 完全なリモートワークに移行した友人は、都心から3時間ほどの自然豊かな土地に移住した。前庭も裏庭も広く、裏庭ではそのうちに畑をつくり、野菜を育てようと家族と意見は一致しているが、現在は手が回らず放置した状態で、夫人が片隅で花を育て始めた。

 所用があって上京した友人に夫人から電話があり、少し怯えた声で「裏庭の雑草の中で野良猫が死んでいる。どうしたらいいの?」。友人は「裏庭の隅のほうに埋めるしかないな」と答えたが、「気持ちが悪いから何とかしてよ」と夫人に言われては「帰ってから俺が埋めるよ」と言わざるを得ず、鉄製のスコップを買って帰宅してから、住宅から遠い裏庭の隅に穴を掘り、野良猫の死骸を埋めた。

 友人によると、野良猫の死骸はしばらく前からあったようで、カラスにでも突かれたのか目の部分は空洞になり、半開きの口は歯が剥き出しで、内臓は食われたのか腹部はペシャンコ、腿には肉が露出していたそうだ。掘った穴に野良猫の死骸を入れて土をかけ、近くにあった大きめの石を墓石替わりに置いて友人は、「成仏しろよ」と手を合わせた。

 その夜、友人は猫の夢を見た。空洞になった真っ黒な猫の目が近づいてくるのを見て、友人はハッと目が覚めたそうだが、その夢の前後は覚えておらず、埋葬してくれた友人に感謝して猫が現れたのか、この世への執着を断てずに猫が友人に取り憑こうとしているのか判別できず、なんか気味悪い夢だったという。

 友人の夢に猫が現れたことを聞いて夫人は「猫に取り憑かれたのなら、猫っぽい声や仕草が現れそうだけど、そんな兆候は見られないから大丈夫よ」といい、「今のところはネ」と付け加えて笑ったそうだ。そして「猫を殺すと祟りがあるというけど、あなたは猫を葬ってあげたんだから、取り憑かれるはずはない」と言って夫人は友人を励ましたそうだが、猫の空洞の黒い目がなかなか記憶から消えないと友人。

 祟りとは、神仏や怨霊、死霊などの怒りが現れたり、自己の不適切な行為により後から災いを受けることだが、その実際の関係は曖昧だ。神仏や怨霊、死霊などが現世に力を及ぼすことが可能か不明で、神仏や怨霊、死霊などの実在がそもそも不確かだ。当人が感じた心理的な負荷が夢に現れたと解釈することが現代では一般的で、祟りの存在を信じている人は少ないかもしれない。

 何かの原因が存在し、それが災いという結果をもたらすという祟りの構造。何らかの因果関係が祟りには成立するはずだが、それを実証するのは困難なので、解釈に支えられる。解釈は個人の情緒に影響されやすく、祟りがあると思えば祟りがあるように見えてこよう。その後、何の災いもないそうで友人は野良猫が感謝して夢に現れたと思うことにした。