望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

パンデミックから学ぶ

 北朝鮮の公式発表では、新型コロナウイルスの感染者は国内にゼロ=いないとする。中国やロシアとの人の往来を素早く停止し、ウイルスの流入を防いだとのストーリーだ。北朝鮮の公式発表を素直に信じる人は少ないだろうが、同国内の状況を外部から知ることは困難で、感染状況は闇の中だ。大規模な感染拡大が発生したなら情報は少しは漏れ伝わってくるだろうから、感染者がいたとしても少ないかもしれない。

 強権による独裁支配が続き、指導層でも庶民レベルでも粛清が行われる社会では、独裁政府が感染者ゼロを主張したなら、その主張は実現されよう。もし感染者が現れたならば、感染者ゼロとの政府方針に対する反逆者だとして社会から排除され、感染者ゼロが実現する。つまり感染者が発生したなら粛清されて姿を消し、感染者ゼロの社会が維持される仕組み。

 その北朝鮮がWHOにワクチンの分配を申請し、約200万回分を受け取る予定であると報じられた。感染者ゼロなのに、なぜワクチンが必要なのか。推察される理由は①将来の流行に備えるため、②国内に感染者が存在するため、③優先的に指導層に接種するため、④貰えるものは貰うため。さらに北朝鮮は中国やロシアからワクチンなどを購入したとも報じられ、北朝鮮がワクチン確保に動いたのは確からしい。

 北朝鮮と同様に各国も国境を閉ざし、人々の往来を停止させた。それが感染拡大への主要な対応策だったのだが、そこに英国などでワクチンの接種が始まり、各国は自国民へのワクチン接種の拡大に躍起になり始め、ワクチン供給量がまだ限られていることもあって、各国によるワクチンの争奪戦の様相ともなっている。感染者ゼロを主張する北朝鮮も、ワクチン接種が現実化したとあって、手を上げてワクチン確保レースに参加するのは不思議ではない。

 以前から閉ざされていた北朝鮮の国情は詳らかではなかったが、1月に開催された第8回朝鮮労働党大会で新たに党総書記の肩書を得た金正恩氏は、2016年からの経済発展5カ年戦略について「ほぼ全ての部門で掲げた目標が全く達成できなかった」と述べたそうだ。計画経済で、いくらでも統計数字を操作できる体制で目標未達を認めたのは、国内経済の疲弊が糊塗できないレベルにあるためだろう。昨年夏には大規模な水害被害があったと伝えられる。

 最高指導者の金正恩氏に対する責任追求や批判が許されない体制であるから、目標未達の責任は「共同責任」と化し、頑張りが足りなかったのだゾと人々の奮起を促す。核やミサイルを手放さないので制裁の解除の目処は立たず、貿易に厳しい制約があるので、自力更生と自給自足を掲げるしか、閉ざされた北朝鮮には活路がない。だが、農業、工業、商業などが疲弊しているとあっては自力更生も自給自足も「未達」が続きそうだ。

 今回のパンデミック北朝鮮は何を学んだか。目標未達を認めざるを得ないほど経済は疲弊し、核やミサイルを持っても世界からは制裁されるだけだが、新たな感染症を流行させる能力を持ったなら、世界に対して北朝鮮の影響力は格段に強くなる……これは間違った戦略だが、独裁体制を維持するために、生物兵器の開発にさらに懸命になる可能性はある。多くの自国民の粛清を続けてきた独裁体制が、世界の人々の生命を尊重するはずもない。