望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ソースはかけない


 トンカツにはソースをかけて食べるのが一般的だが、そのソースは店によっては独自に調合していることも珍しくなく様々な味わいがある。自宅などで食べる時には、醤油をかけて食べる人もいれば、ポン酢やデミグラスソース、塩などで食べる人もいる。好きなように食べていいのだから、味噌でもマヨネーズでもケチャップでも何でもあり……かもしれない。



 でも、少数派だろうが、何もつけないで食べる人もいる。病気で塩分摂取を禁じられているわけではなく、願掛けして塩断ちしているわけでもないのに、トンカツには何もつけずに食べる。ソースや醤油が嫌いというわけではなく、絶対にソースをかけないということもないが、普段はソースをかけない。



 そんな友人がいて、言うことには「カツの味を楽しみたいンだ。ソースや醤油をかければ、カツの味よりも、ソースや醤油の味が強くなりすぎてしまう」。さらに「どこの店のトンカツがうまいだなどと皆それぞれに言うが、たいていはソースをタップリかけて食べているから、カツではなくソースを味わっているだけだ。カツは食感の違いしか判断できず、柔らかいとかサクサクしてる、固いぐらいしか言えない」。



 友人はテンプラを食べる時にも、ツユや塩などにはほとんどつけない。そういう食べ方に馴れてから、素材の味の微妙な違いや、揚げ方の具合などを楽しむことができるようになったという。ただし、必ずというわけではなく、ツユにタップリつけて食べることもある。そうやって食べるしかない味のテンプラを出す店もあるから。



 飲食店では濃い味付けが多い。濃い味付けに馴れてしまった人は、ソースなどを使わない食べ方では物足りなく感じよう。薄味の料理が出されたりすると、じゃぶじゃぶとソースや醤油をかけたりする。だから、友人のようなソース類に“頼らない”食べ方は、薄味に馴れた人にしかできないだろう。ただし、薄味に馴れると飲食店の濃い味付けの料理は塩辛すぎると感じるようになるそうだ。



 塩辛いといえば、本格派の蕎麦屋のつゆがそうだ。蕎麦っ喰いなら、つゆにタップリつけるのは野暮だともいい、少しだけつけるために本格派の蕎麦屋は、つゆは塩辛くしているそうだ。友人は、最初は蕎麦をつゆにつけずに、そのまま口に入れるという。蕎麦の香りや風味を感じてから、つゆを少し飲んで、塩辛さ具合を確かめてから、つゆをどのくらいつけるかを判断するのだという。蕎麦に風味が乏しく、つゆが甘ったるければ、えいやと蕎麦をつゆにどっぷりつけて、手早く食べて店を出てくるそうだ。