望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

攻撃される銅像

 英国のブリストルで、奴隷貿易で財を成した商人エドワード・コルストンの像を人々が引き倒し、川に投げ込んだ。この像の撤去を求める運動は以前からあり、米国でのジョージ・フロイド氏の死に抗議するデモの参加者が実力行使した。F1ドライバーのハミルトン氏は「あの男の像はそのまま川に沈めておくべきだ。この国へ連れてこられる途中で死んだ2万人のアフリカ人は、葬儀や埋葬もしてもらえず海に放り込まれたんだ」「像の男は家族を引き裂いた人間で、そんな男をたたえちゃいけない」。

 ベルギーのアントワープでは、19世期〜20世紀の国王レオポルド2世の像を地元当局が撤去した。米国の白人警官による黒人殺害事件に対する抗議が広がり、国王像に赤い塗料がかけられていた。この国王はアフリカ中部コンゴを植民地化し、天然ゴムの農園で酷使した現地人に死者が続出するなど過酷な植民地支配を行った人物。

 米国ではリッチモンドコロンブスの像が、白人警官による黒人殺害事件に抗議するデモ隊に倒され、池に投げ込まれた。ボストンでもコロンブス像の頭部が破壊された。米大陸の発見者コロンブスには、先住民の虐殺を招いたとの批判があり、各地で像の破壊行動が過去にも起きていた。人種差別や奴隷制度に関わる人物の像の撤去を求める声は以前からあり、南北戦争中に奴隷制度を支持した南軍の将軍の像も議論の的になっていた。

 白人警官による黒人殺害事件で、欧州でも過去の植民地支配や奴隷貿易の暗部に光が当てられた。米大陸にアフリカから黒人を運んだのは欧州諸国だった。16世紀にポルトガルとスペインが奴隷貿易を始めて、17世期にオランダや英国が加わり、英国は英国ーアフリカー北米ー英国を巡る三角貿易で巨万の富を蓄えた。

 植民地支配や奴隷貿易により蓄積された富は欧州諸国の発展を支え、世界規模での諸国の行動を可能にし、欧州の世界に対する影響力を格段に高めた。だが、植民地支配や奴隷貿易は、人間の尊厳と自由を奪い、生命さえ軽んじた人権侵害の典型であり、現代の普遍的とされる価値観からは全面否定される行為だ。

 人権や自由、民主主義など現代の普遍的とされる価値観は、欧州各国や米国などで形成された。大雑把に言えば、白人が生み出した価値観といえる。白人が過去に行った植民地支配や奴隷貿易が、白人が生み出した現代の普遍的な価値観によって批判、否定されている。

 現代の普遍的な価値観を現在の欧州諸国は否定できない。といって、過去の植民地支配や奴隷貿易を深刻に反省し、過去に得た利益に相当する富を当時の植民地や奴隷に返還することもしない。欧州諸国は、道義的な責任を感じていると反省して見せるのがせいぜいだろう。人々の怒りが銅像に向かい、引きずり倒して収まるなら欧州諸国にとって好都合で、過去は歴史として「終わった」こととし、現代の普遍的な価値観を尊重する態度を演じ続ける。