望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

秋葉原型の無差別テロ

 車が暴走して歩道に乗り上げ、歩行者を死傷させるという出来事は珍しくはない。原因は様々で、危険ドラッグなど禁止薬物の摂取や飲酒、突然の病などで運転手が正常の意識を失い、車をコントロールできなくなって暴走し、歩行者を死傷させるという事件は日本でもたびたび報道される。

 中には、暴走の原因はアクセルとブレーキの踏み間違いだったなどと判明すると、歩行者の死傷という結果を悼みつつ、ありふれた事故として片付けられたりする。運転する人間が正常な意識を保っていたとしても運転ミスはあり、車の暴走はいつでも起き得る。暴走する車に対して歩行者は無力で、逃げるしかない。

 一方で、運転する人が意図的に、歩道などに突入して歩行者を死傷させるという事件も起きている。日本では2008年に東京・秋葉原で、信号を無視したトラックが歩行者を次々にはね、その後に運転者がナイフで無差別に人を刺して多数を死傷させた事件が起きた。犯行予告メッセージを発するなど正常な意識を保ちつつも歪んだ動機を抱えた人間による凶行だった。

 歪んだ動機が何かによって正当化されると、人はしばしば暴走を始める。正当化する何かには事欠かないのが現在の世界であり、その何かがテロリズムを容認していることもあり、さらには「単独でも決起せよ」などのメッセージに鼓舞されると、孤独なテロリストの誕生だ。爆薬や銃がないなら、車が武器になる。

 都会という人口密集地で、車は無差別殺人のための有効な武器になることが、英ロンドンの事件により強く意識されるようになった。欧米では銃や爆発物を使ったテロが相次ぎ、さらに、数年前のロンドン、仏ニース、独ベルリンと車で人々を轢き殺す事件が続いた。仏独では大型トラックが使用されたが、英ではSUVが使われて歩道を暴走した。

 銃や爆発物を使ったテロを個人で実行するのは簡単ではない。銃や爆弾を入手し、狙う目標や場所を事前に選定する必要があろうから、入念な準備が必要となる。車やナイフを使った無差別テロなら、秋葉原での事件が示しているように個人でも実行可能だ。その気があれば誰にでも、いつでもどこでも実行可能なテロである。

 暴走する車の運転手は全てテロリストだと決めつけることができないのも状況を複雑にしている。病で意識を失った運転者や運転ミスなどによっても車の暴走は起きるのだから、テロか事故か、とっさに見極めし難いだろう。中東などでは自爆テロが常態化し、大量の車が存在する先進国ではローンウルフによる秋葉原型の無差別テロが常態化するという悪夢に人は、暴走する車に対してと同様に無力だ。