望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

銃を買い始めた

 米国では各地でアジア系の人々に対する暴力事件が多発していると盛んに報じられている。ニューヨーク市でのヘイトクライム件数は通報ベースで180件となり前年比73%増えた(1月1日〜5月2日)。2020年に全米16の大都市で警察に通報のあったアジア系に対するヘイトクライムは19年比で約2.5倍に増加したとの調査結果もある。

 5月2日にはNY市のタイムズスクエアで、歩道を歩いていたアジア系の女性2人がすれ違った黒人女性にハンマーで突然襲われ、1人が頭部を殴打されて負傷する事件があった。襲った人は「マスクをとれ」と罵声を浴びせたというから、新型コロナウイルス絡みのヘイトクライムらしい。

 襲われたり嫌がらせを受けているのは女性や高齢者が多いようだ。襲っている人々の情報は乏しく、何に対する憎悪がアジア系に対する暴力や嫌がらせにつながっているのか明らかではないが、中国発の「チャイナ・ウイルス」(byトランプ前大統領)によって何らかのダメージを受けたり、怒りを覚えた人がアジア系を中国人と見なして攻撃しているように見える。3月にはタイムズスクエアで高齢のアジア系女性をホームレスが襲う事件があり、社会的な弱者がアジア系を襲う構図のようでもある。

 アジア系の人々らは抗議活動に立ち上がり、連邦政府などは暴力を非難しており、社会的な批判が強まればヘイトクライムは減少に向かうかもしれない。だが、厳罰を適用する法規制があったとしても路上で強盗や喧嘩沙汰などが起きるように、何らかの強い怒りや憎しみによって突然引き起こされる暴力や嫌がらせというヘイトクライムを根絶することはできないだろう。

 アジア系に向けられるヘイトクライムは今後も続くと判断した人々が、自分の身は自分で守るしかないと考えるのは不思議ではない。日本のように自衛のためであっても個人の武装が禁じられている国ではない米国では、警官が常にアジア系の人々の近くにいるわけでもなく、さらに最近になっても黒人の被疑者に対する警官の暴行事件が次々に報じられ、警察に対する社会的な信頼度は低いという。

 米国で昨年、銃の購入件数が大幅に増加したというが、ヘイトクライムの増加を受けて初めて銃を購入するアジア系の人々が増え、アジア系住民向けの銃の安全講習会が開催されたり、銃の購入に関する相談や扱い方、保管方法、射撃方法を教えるアジア系住民の団体も創設されたという。銃を持ったからとてヘイトクライムを防げるわけではないが、自分の身を自分で守るしかないとなれば有力な選択肢になる。

 銃が大量に出回る米国では悲惨な犯罪や事故が珍しくなく、銃の取り締まり強化を求める声も多いが、銃規制は進まず、社会的な緊張の度合いに比例して銃の販売数が増える。日本では個人の銃所持を認めることへの理解は希薄だが、自分の身は自分で守るしかない状況に置かれた人々は、現実に可能な自衛策を講じるしかない。銃の所持を善悪で判断することが日本では可能だろうが、米国のように厳しい状況になると善悪よりも必要性や有効性が優先される。