望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ユダヤ人は民族?

 民族とは、言語や習俗、文化、生活様式などを共有する集団のこととされる。部族は民族の中の地域的な集団とされるが、その部族が民族の部分要素であるとの意識を持たない場合もあり、民族と部族の厳密な区分けは簡単ではない。

 民族は、自然発生的かつ歴史的に形成された集団であることが多いが、集団内で「我々」という帰属意識を共有することで形成されてもきた。国民国家の登場が民族意識を強化させたが、強権国家が統治のために民族意識を利用することもある。例えば、中国で進行中の「中華民族」意識の形成。

 民族は宗教を共有することもある。キリスト教イスラム教などの世界宗教ではなく、神道など特定の民族にだけ共有されている宗教が民族意識と結びつく。ユダヤ教民族宗教とみなされているが、キリスト教イスラム教の「母体」でもあり、民族宗教に止まらない広がりを持つ。

 ユダヤ教を信仰する人をユダヤ人とするが、ユダヤ民族という言葉もある。ユダヤ教を共有する人々(ユダヤ教徒)を指す言葉だが、民族概念が包括的だとはいえ、ユダヤ教を共有することだけを基準にユダヤ民族を認めるならば、民族の定義はますます曖昧になっていく。

 ユダヤ民族という概念は人為的に形成されたものである。イスラエルという国家もパレスチナの土地に人為的に形成された国家であるから、イスラエルという国家にはユダヤ民族が似合っている?……どちらも不安定であることは共通するが。

 イスラエル国会が2018年、国民国家法を可決した。同法はイスラエルを「ユダヤ人のための民族的郷土」と規定、①エルサレムは首都、②ヘブライ語は国語、③亡命ユダヤ人を集めイスラエル領内においてユダヤ人の入植地(の建設)を推進、④ディアスポライスラエルパレスチナ外に住むユダヤ人の集団)におけるイスラエルユダヤ人との関係強化に取り組む、⑤ユダヤ人はユダヤ人の特別の権利として祖国に関する自決権を持つ、などとする(中東調査会による)。

 ユダヤ教を信仰する「我々」という帰属意識の共有がユダヤ民族という概念を生じさせる。ユダヤ人は世界に散らばるが、イスラエルがその「民族的郷土」と同法で明記したのは、人為的な設定でも、やがて既成事実化することを狙うのだろう。“やがて”の時間軸は、数十年か数百年か数千年か、ユダヤ人の時間軸を共有することは簡単ではない。