望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

空回りする自治体

 北海道新幹線が開業したのは2016年3月。新函館北斗駅函館市に隣接する北斗市にあり、新幹線の乗客はリレー列車「はこだてライナー」に乗り換えて函館駅に行く(所要時間は快速15分〜普通19分)。札幌への延伸開業が2030年に予定され、新幹線のルートは函館市を通らず、大きくカーブを描いて北に向かって設定された。

 新幹線の駅と少し離れている観光地は全国に多くあり、乗り換えてからの20分程度の移動は気にする必要はない。だが、「新幹線が来なかった」ことを過剰に残念がる人々が全国にいて、新幹線が通り、その駅が市内に誕生すれば観光客がどんどん増えると期待を膨らませる。

 新幹線の函館駅への乗り入れを掲げて当選した現市長は公約実現へ動く。新函館北斗駅から函館駅まで新幹線を走らせようと、東京のコンサル会社に委託して調査させ、技術的には可能だが、新幹線の函館駅乗り入れには157億~169億円の整備費がかかるとした(三線軌条化の工事や五稜郭駅の改修工事、運行管理システム改修を含む電気関係設備費など)。ただし、この種の試算は机上の計算であり、実際の工事費が膨れ上がることは珍しくない。

 新函館北斗駅に停車する新幹線を函館駅に向けて走らせるには、それまでの進行方向と逆方向に走らせなければならない。後方の車両を切り離して函館駅に向かわせる方式などが考えられるが、車両を所有するJR北海道は苦しい経営が続いており、函館駅に向かう短距離を走らせるために函館駅に向かう短い編成の車両を製造する可能性は低い。函館市が全額負担するしかないだろう。

 新幹線の函館駅乗り入れの経済波及効果をコンサル会社は年間114億~141億円と試算した。ここには、新幹線が札幌まで開通することにより期待される交流人口の大幅増加も加味されているという。新幹線開業に伴って貨物専用線になる可能性が大きい在来線の特急からの乗客移行による売上増加分が含まれているのなら、新幹線の函館駅乗り入れの正味の経済波及効果はもっと少ない。

 人口減少が続き、大型商業施設の閉鎖が相次ぎ、企業進出も目立たない函館市は観光に活性化を頼るしかないのが現状の経済事情だ。新幹線の函館駅乗り入れで期待される観光客の増加が、人口減少による圏域の消費の停滞をどこまで補うことができるのか不透明だ。函館市のような人口減少が続く自治体が取り組むべき最優先の施策は、人口減少に歯止めをかけるとともに移住者を増やし、消費力を高めて経済規模の縮小を食い止めることだろう。

 ウケる公約をと「新幹線の函館駅乗り入れ」を掲げ、市長に当選してしまったために引くに引けない状況に追い込まれたと見える。コンサル会社に大金を払って調査させ、公約の実現に向けて努力したが、JR北海道が難色を示したので「計画は断念します」と1年くらい先に言いそうだ。人口減少に正面から向き合わない地方自治体の施策は空回りする。