望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

いろいろな言葉

 米での同時多発テロ自由主義への攻撃であるとアメリカは主張し、だから世界中の自由を尊重する国々、人々は共にテロ撲滅に立ち上がれと言い立てた。しかし、自由主義国(高度資本主義国)を狙ったものなら、アメリカだけにテロは集中はしなかったろう。欧州や日本でも何かあったはず。狙いはアメリカであったことはアメリカ自身が最も感じていたから、孤立を恐れ、他国の人々が報復に異論を挟みにくいように自由主義を持ち出した。

 「高貴な鷲」とか「限りなき正義」「不朽の自由」とかアメリカは報復作戦に名前をつけたが、ずいぶん自画自賛の言葉である。もちろん、こうした名称が繰り返し報道されることによって、米軍の行動のイメージアップと、善きイメージの刷り込みを狙った。

 国際貢献という言葉が日本では定着したようだ。いつの間にか、日本は国際貢献しなければならないということになったらしい。でも、貢献する対象であるらしい国際って何だ? 国連の決議でもないし、フィリピンやネパール、ハイチ、ギニアなどに向けて国際貢献と言っているのでもないようだ。はっきり言えば、アメリカを中心とした欧米追随を国際貢献と言って誤魔化しているにすぎない。

 貢献という言葉は、自らの行動を評して自ら言い出す言葉ではあるまい。私は会社に貢献しているなどとは、アメリカ人ならともかく、日本人が日常で自分の行為に貢献とは言わないだろう。もっとも雇用形態がアメリカ流に移行しつつあるので、レイオフされないために日本人も「自分は会社に貢献している」と大きな声で言うようになるのかもしれない。アメリカに愛想尽かしされないために日本政府が、まず範を示してみせたってところか。

 アメリカでは言葉の意味をはっきりさせ、人々をイメージコントロールしようとし、日本では言葉の意味を曖昧にしておいて、ムードをつくって人々を流そうとする。契約型社会と同調型社会の違いか。