望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

涙あふれて

 こんなコラムを2002年に書いていました。

 鈴木は悲しくなって記者会見の席で涙が止まらなくなった。

 過去に時には声を荒らげることもあったし、お気に入りの人物の異動を止めたこともあった。プライドばかり高いものの手際よく動かない外務省職員をこづいたこともあった。官庁に食い込み、官僚を意のままに使うためには、どの議員も同じようなことをやっている。地元の後援会関係者に公共事業をまわすことだって、どの議員でもやっていること。それが票に結びつく。どこかの選挙区をマスコミが集中してかぎ回れば同様の話はごろごろ出てくる。それなのに何で俺だけが、と。

 思うほどに涙が止まらなくなり、ついには床に溜まり始め、5センチ、10センチと増し、遂には膝の辺りまで達した。それでも涙は止まらない。急を聞いて小泉首相がやって来て、「君の心情は理解できる。さぞ無念だったろう」などと下手な慰めを言ってみたが、鈴木は小泉の顔を見て、1ヶ月前には「あの女にはてこずった」と密かに笑いあっていたのにと思い出すと、いよいよ涙は止まらない。

 販売中の小泉グッズが濡れては大変と、記者会見場には鈴木1人を残し、扉が堅く閉められた。閉じこめられて鈴木は本当に見捨てられたんだなあとますます悲しくなって、涙が止まらない。やがて涙は部屋いっぱいに満ち、鈴木は自分の涙の中に沈み息ができなくなったが、それでも涙は止まらない。不思議に意識ははっきりしており、涙の味に鈴木は北の海を思い出し、帰りたい、もう東京はいやだという気持が一気に沸き起こった。

 その途端に床に大きな穴が開き、部屋いっぱいの涙とともに鈴木も吸い込まれた。

 鈴木がどこに消えたのか、誰も知らない。アフリカの某国の長身の政治家の秘書をしている小柄な東洋人が鈴木に似ているという噂もあるが、現地の日本大使館関係者は違うと言っている。