望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

芸能の力、TVの力


 豊竹山城少掾といえば義太夫節の昭和の名人と称される。59年に引退しており、至芸に触れる機会は消えたが、最近はCD化が進み、新たなファンを生んでいるという。その山城少掾の「菅原伝授手習鑑」をNHK教育が09年に放映した。サワリだけだったが、その語りの豊かさ・確かさは、文楽を聞きに行ったことのない身にも十分伝わって来るものだった。



 その番組はNHK教育の放送開始50周年記念ということで、ほかにも武原はん、井上八千代、観世寿夫、九世市川海老蔵、先代の松本幸四郎らの名演名舞台をNHKのアーカイブから紹介した。武原はん、井上八千代の動きの美しさ、九世海老蔵の口跡の見事さなどには初めて接したが、印象深いものだった。



 正月の前後には各局で特番のオンパレードになるが、お笑いタレント集合のばか騒ぎ番組ばかりなどと批判する人もいる。評価はさて置き、時間つぶし、ヒマつぶしのためにTV視聴が行われていると考えると、TV番組に質を求めるのは見当違いかという気にもなる。



 しかし、山城少掾らの至芸はTVというメディアの力を見せつけた。つまらないものは、いくら飾り立てても、つまらないとしか映さず、素晴らしいものは、飾り立てなくとも、素晴らしいものとして映し出す。TVというメディアの力は、恐るべしである。



 TVというメディアの力を計算していたのが小泉元首相だ。党内基盤が強くはないこともあり、支持基盤を民衆からの支持率に求めた。郵政選挙も、解散表明時の記者会見の迫力で勝利への道筋がついたと言っても過言ではあるまい。あの記者会見の時、小泉氏はTVを見ているであろう民衆を相手に話していた。話した内容への賛否はともかく、TVを見ている民衆に向き合って真剣に話しているということは伝わってきた。



 郵政選挙ではTVは、刺客だのと騒ぎ立てた。面白そうなものに飛びつくことをもって批判されるべきではないし、むしろTVはもっと多角的な視点で面白がれと言いたくなる。現代のヒトラーがいればTVはそれを面白がるだろうし、現代のジャンヌ・ダルクがいればTVはそれも面白がるだろうし、現代のガンジーがいればTVはそれも面白がるだろう。



 戦時中には公演も減り、お座敷も減り、山城少掾伝統芸能の伝承者らは生活に困窮したという。日本の愛国主義をさんざん煽った連中や国にかわって、戦時下、私財を投じて援助したのが武智鉄二氏だ。



 軍部独裁の結末が敗戦、日本の歴史上初めて主権を失い、他国に占領された。国破れて……しかし、伝統芸能は残っていた。国のかたちは激変したが、菅原伝授手習鑑は菅原伝授手習鑑のまま受け継がれた。けだし芸能は政治の上位に位置するものであることを、山城少掾らの至芸をTVで見て痛感した。TVには、視聴率騒ぎの合間に、現代の山城少掾らをしっかり記録しておいてくれることを期待したい。