望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

最も大切なもの

 こんなコラムを2002年に書いていました。

ご隠居「おや、どうしたね。浮かない顔だが」

酔っ払い「どうも解らねえ。北朝鮮に拉致された人のことを考えてるってえと、この国、この社会ってえのが解らなくなる」

ご隠居「何が解らないのか、そんな言い方だと、さっぱり解らないね」

酔っ払い「その国の人々の命を守るってのが国家の最大の責任、任務だと俺は思うんだが、学校や買い物の帰りに海外から来た連中にむりやりどこかに連れていかれてさあ、死んだのか殺されたのか知らないけど多くの人は帰らない。二十何年も、その間にころころ変わった政府の誰も助けに動かなかった」

ご隠居「相手が相手だからな。まともに対話ができるような連中でなかったし、かといって、救出のためには米軍は動かず、ましてや日本の自衛隊を動かせるような環境には日本はなかった」

酔っ払い「野蛮なアメリカとは違うんだから、軍隊なんか簡単には動かせないだろうけどさ。軍隊なんか動かさないほうがいいに決まってるんだから、ハリウッド映画のようには行かないのは解る。けど、国民の命が大事だと常日ごろから政治家連中が考えていれば、拉致問題へのこれまでの取り組みかたも違っていたはずだ。そうじゃないかい」

ご隠居「ペルーで早大生が殺されたときも時の総理大臣は、そんなところに行くほうが悪いと言って、抗議もろくにしなかったっていうから、日本の政治家は、国民の命を守ることが一番大切な政治の使命だとは考えていないんだろうな」

酔っ払い「それじゃ、この日本てえのは何を最も大切にしている国なんですかい」

ご隠居「そういうものは憲法に集約されて明記されているはずなんだけど、今のはいい憲法だけど、日本人の政治意識を集約してできた憲法とは言えないからな」

酔っ払い「じれったい言い方だな。ずばっと言ってもらいてえ。この国、この社会で最も大切なものは何ですかい。日本人みなで、これだけは譲れねえって考えるのは何なんですかい」

ご隠居「自由、民主主義、独立、平和、平等、正義、資本主義、お金……、日本人は何を最も大切だと考えているんだろうな」

酔っ払い「聞いてるのは、俺だっていうの。俺に聞き返されたって答えられるはずがねえ」