望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

国際刑事裁判所

 こんなコラムを2003年に書いていました。

 アフガニスタンで米軍が子供も殺し続けています。さて、戦争が終って「平時」に米軍はアフガニスタンで何件の殺人をしたでしょう? 数字は隠されています。いや、調査さえ行われていない様子なので、隠してはいないか。イラクでもブッシュが大規模戦闘終結を宣言したはずですが、テロ対策ということで攻撃を続け、米軍は殺人を続けています。イラクのケースは米軍を守るための正当防衛だとでも言うのかもしれませんが。

 米軍の行う殺人(もちろん対象となる人間はアメリカ人以外ですが)が平時にも許されているのが、最近の現実です。なるほど、国際刑事裁判所アメリカが反対するのは、戦争責任を問われることなく、いつでも、アメリカの望む時に、誰に対しても(もちろん対象となるのはアメリカ人以外ですが)米軍が攻撃し、殺すこともできるようにするためだったのですね。

 正規軍がテロ組織を攻撃することを、アメリカは「これも戦争である」と新たに定義しました。これにより、従来の戦争の定義の外にある新たな「戦争(戦場)」が出現、そこは法の支配がない無秩序の世界です。負けた側は全てを奪われ、人権はもちろん命の保障さえない、むき出しの力が支配する世界、つまり「中世」となりました。

 国際刑事裁判所の強化の必要性が痛感されます。アメリカが参加しないから、そんな裁判所は有効に機能しないとの見方もあります。だが、国際関係を武力に寄らずして調整するには、理性と法に拠るしかありません。

 9.11以降、テロリズムは全て許されない世界になったように見えますが、実は容認されたテロ行為があります。それは対テロ作戦としての軍事行動です。アメリカやイスラエルがやっているような行為です。つまり、テロ行為をアメリカやイスラエルなど国家は独占しようとしています。

 最初の話に戻しましょう。殺された子供で思い出すのが、コソボ紛争に米軍が介入する後押しをした、虐殺されたという家族の写真でした。森の中に子供らの死体も横たわり、アメリカでは大きく報じられ、同情を誘い、米軍のコソボ紛争介入につながりました。世論操作にあの写真が使われたことは明白ですが、さて、アフガニスタンで殺された子供らを世界の人々はいつまで覚えているのでしょうか?