望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

陽子と中性子

 宇宙の、ある銀河に高度な知的生命体がいて、何億光年離れていようと、宇宙のどこの地点でも見ることが出来る時空望遠鏡を開発した。ただ、解像度があまり高くないことと、嵐と呼ばれる時空の不規則な歪みの影響で映像が時々ズレルことが難点だった。



 彼らは、ほかの知的生命体の探索を始めた。手掛かりは電波。自然発生的ではない電波を探して、発信源をたどった。探し始めて間もなく、そうした発信源が何カ所も見つかったが、そのうちの一つが地球だった。さっそく時空望遠鏡を地球に向けた。



 上空から見た地球表面の映像が時空望遠鏡のモニターに映し出され、倍率を上げていくと次第に陸上の様子が判別できるようになったが、画面が突然乱れた。「また、時空の嵐だ」としばらく待っていると、以前の場所とは違う地点がモニターに映し出された。



 解像度が高くないので、異なった二つの色の広がりが互いに近づき、入り混じり、やがて片方の色が優勢になったように見えた。さらに倍率を上げると、色と見えたものが細かい点の集まりであることが分かり、統率がとれた動きから、意思を共有しているらしいと推察された。劣勢になったほうの色も細かい点の集まりだったが、こちらは時間とともに分離を始め、拡散した。こちらは意思を共有しているとは見えなかった。



 また画面が乱れ、しばらくして、別の地点の映像が現れた。水地と接する陸地部分に細かい点が細長く大量に散らばっていたが、やがて細かい点がグループ化しつつ分離を始め、グループ単位で移動を始めた。また画面が乱れ、今度は、陸地の線上を様々な色の物体が移動している様子が映し出された。詳しく見ると、その線の所々に支線があり、そこでは移動を止めた物体から細かい点が分離したり、逆に細かい点が物体に一体化していた。



 地球に関するシンポジウムで宇宙生物学者は、時空望遠鏡で得られた地球の映像を見せながら「地球の生命体の基本単位は、この細かい点らしい」と言い、「様々な形態の集合体を形成していることは分かったが、それがどのような意味を持つのかは、まだ明らかになっていない」とした。



 基本単位とは何かという質問に宇宙生物学者は「物質は分子から成り、分子は原子で構成され、原子は原子核と電子から成り、原子核は陽子と中性子から成り、陽子などはクォークの複合粒子から成る。地球の生命体である細かい点がクォークに相当するのか、あるいは、さらに細かい構成要素から成るのかは判断できない。電波の発信状態から見て、ある程度の知的生命体であることは確かだが、友好的であるのかどうかは不明だ。観察を続けるとともに、解像度の向上が必要だ」と答えた。
 

(時空の嵐のため彼らの見た映像は、日本の戦国時代の合戦、現代ブラジルのコパカバーナアメリカのハイウェイだった。このお話にはオチはありません)